楽隊はあんなに楽しそうに鳴っている みのおチャリティーコンサート

8月15日、中西とも子さんの集いの後、急いで箕面駅近くの箕面文化交流センターに行きました。この日、日本とドイツで活躍中の音楽家たちによるチャリティーコンサートがあり、箕面の友だちと難波希美子さんと5人分予約していたのでした。
この催しは箕面市出身で、ドイツで活躍されているヴィオラ奏者・吉田馨さんが子供時代を過ごした箕面に恩返しをしたいと毎年開いてこられたもので、その収益は高齢者施設や被災地の障害を持つ子どもたちの保養プロジェクト活動などに寄付されてきました。今回は、わたしも関わらせてもらっている被災障害者支援「ゆめ風基金」に寄付されます。
ここ2年ほどはコロナも重なり開催できずに来ましたが、こんな時こそ不安な心をなぐさめ、明日への希望につながる音楽を届けたいと、感染対策を徹底して開催されることになりました。彼女彼らのチャリティーコンサートへの姿勢は徹底していて、交通費も宿泊費も手弁当で、会場費とわずかな費用だけで、一円でも多く困難な状況にある人に収益金を届けたいという熱い思いと、国内外の第一線で活躍する演奏家として妥協しない音楽を届けたいという矜持が相交じり、毎回素晴らしい演奏を聴かせてくれます。

最初のプログラムは中井由貴子さんのピアノと田島綾乃さんのヴァイオリンで、ドビュッシーの「ヴァイオリンとピアノのためのソナタ」でした。
ほんとうにクラシック音楽についてはまったく知らないので、よくご存じの方から失笑されるのを覚悟していますが、田島さんのヴァイオリンはわたしがこの楽器に持っていたイメージとは違い、とてもアドレッシプで肉感的な演奏でした。中井さんのピアノもまたとても野心的で、予定調和的なハーモニーとは言えない力強さと心をかきむしられるような不安定さを併せ持った演奏でした。
この楽曲は第一次世界大戦中に作曲されたドビュッシーの最後の作品と聞きましたが、「言葉が終わった後音楽が始まる」という名言通り、19世紀から20世紀へ扉が開かれたまさにその時代、その後もつづく戦争と殺戮の世紀になることを想像もしたくもなかったであろう、自由へのあくなき探求と愛への絶対的な信望、そして音楽への限りない野心に満たされた、とても切なくてとても幸せな楽曲でした。

次のプログラムは増山頌子さんのチェロの独奏で、なんと黛敏郎の1960年の楽曲「BUNRAKU」を演奏しました。
黛敏郎といえば後年の、浪花節からジョン・ケージまであらゆる音楽を届けるという「題名のない音楽会」のプロデュース兼司会と、同じく後年保守思想の持主だったことを思い出します。また、わたしのようにクラシックを全く知らない人間でも数多くの映画音楽をつくった方であることぐらいは知っていました。
今回の増山頌子さんの演奏を聴いて、彼が戦後日本の最初の現代音楽家のひとりで、武満徹など数多くの作曲家を育て、支援してきたひとでもあったことを思い出しました。
この曲がつくられたころは、彼が切り開いてきた音楽の冒険が次々と実を結ぶことになった頃で、ヨーロッパ志向の強い音楽界に、世界の前衛と日本古来の古典がお互いに居場所をつくりあう刺激的な楽曲でした。
増山頌子さんの演奏は、そんなやや前のめりと思えるこの楽曲を若い演奏家とは思えない落ち着いた心持ちで、本来の三味線と義太夫のアンサンブルをチェロという楽器のもつ音の地平線を描くような美しく低い音と不規則な階段を駆け上がるようなリズムで絡み合い、避けることができない悲劇へと追い込まれていく「文楽」の世界の運命的な切迫感が会場に響きました。

3番目のプログラムは、吉田薫さんのヴィオラ、飛田勇治さんのコントラバス、中井由貴子さんのピアノによる、ピアソラの「ラ・グラン・タンゴ」!
わたしはタンゴの演奏を聴くとウォン・カーウァイ監督の1997年の香港映画「ブエノスアイレス」(原題:春光乍洩)を思い出します。この映画はレスリー・チャンとトニー・レオンが恋人役を演じ、アルゼンチンを舞台に繰り広げられる激しく愛し合いながらも別れを繰り返す男同士の切ない恋愛を描いたラブストーリーで、ピアソラのタンゴがスクリーンからこぼれ落ち、観客にこの映画の結末を予言するようでした。
もともと「ラ・グラン・タンゴ」はチェロとピアノのための楽曲だったようですが、今回はヴィオラとコントラバスの低い音の組み合わせにピアノが入り、映画の雰囲気にピッタリの演奏でした。3人はこのコンサートの最初からのメンバーで、なんとかコンサートができたことへのうれしさがタンゴの調べに重なって、それぞれの楽器が奏でる以上の心のハーモニーを聴かせてもらいました。

そして、最後は全員で、レイフ・ヴォーン・ウィリアムス作曲の「ピアノ五重奏 ハ短調」を演奏しました。今回は組み合わせを変えた意欲的なコンサートでしたが、最後に全員が揃うとそれまでの演奏がこの最後の演奏に集まってきて、「おかえり」と言ってるようでした。
この楽曲の作曲者はイギリス人で、古き良きイギリスの草原が風になびくような、繊細でやさしい曲でしたが、それに加えて今回のコンサートに集まることができたそれぞれの演奏者の気持ちが込められた素晴らしい演奏でした。
呼びかけ人の吉田馨さんはドイツで活動される中、いくつか変遷を得て約15年にもなる故郷・箕面でのコンサートは、だれひとり取り残されず傷つかない平和な世界を故郷から発信することと合わせて、彼女にとって演奏家としての人生を毎年振り返り、次の一年に向けて新しい人生を歩む大切な時間なのだと思います。
それがゆえに、世界中で蔓延するコロナ禍のただ中にあっても、コンサートを開きたいと願う心に演奏仲間の人たちが共鳴し合い、一年前からすでに素晴らしいハーモニーが聞こえていたことでしょう。
そしてコンサート当日、彼女彼らの祈りが妙なる調べとなって、わたしたちの心に届けられたのでした。

楽隊はあんなに楽しそうに、嬉しそうに鳴っている、あれを聞いていると、もう少ししたら、何のためにわたしたちが生きているのか、何のために苦しんでいるのか、わかるような気がするわ。(チェーホフ「三人姉妹」)

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