「音楽もまた風化しない希望の物語」長野たかし・あやこ エスペーロ能勢ライブ

 5月11日、カフェ「エスペーロ・能勢」で長野たかしさん&あやこさんのライブがありました。
 「エスペーロ・能勢」は、最近能勢に次々とできる古民家カフェの先輩にあたる店ですが、いわゆる古民家カフェとは一味違うすてきなお店です。もともとフェアトレードのお店をしていた箕面の友人が能勢の東地区に開いたカフェで、世界の多様な文化に親しみ、平和を願うひとびとの心のよりどころとして、能勢にかぎらず近隣の街からも愛されています。その上、丁寧な心づくしのランチがコーヒー付きで1000円という安さで、友人のTさんが唯一認めるおしゃれな「大衆cafe」です。
 「エスペーロ・能勢」では、数年前から長野たかしさんと森川あやこさんのライブが開かれてきました。それはちょうど、安倍政権下で「安保法制」が成立し、自衛隊の海外派遣も可能とした集団的自衛権の容認など、この国が「戦争のできる国」へと大きく舵をきった2016年、長野さんたちがプロテストソングによるライブ活動を始めた頃でもありました。

歌はどれだけの屍の上で眠りつづけるのか

 「遠い世界に」など数多くのヒットを出し、当時の若者に多大な影響を与えた「五つの赤い風船」のベーシストでもあった長野たかしさんは、1960年代の吹き荒れる時代の風に惑い、抗いながら、今につづく遠い地水道から生まれる音楽と、もう一度出会うことになったのでしょう。そして、ご自身もアルバム「希求」の中で書かれているように 「今、心許ないこの国の行く末に不安を感じ、表現者として、ふたりでできることで、自分たちの意志を示しておこう」と、強い決心をされたのだと思います。最後の最後まで移りゆく時代の行方を歌い続けたあのピート・シーガーのように…。

 いつ収束するのか見当もつかないコロナとウクライナ戦争のただ中で、助け合うことよりも傷つけあうことしか学べないわたしたちはどこに行こうとしているのか、何に向かって声を上げ、誰に会うために時を待ち、どんな夢をこの理不尽な現実に描けるというのでしょうか。希望は遠ざかるだけなのか、歌はどれだけの屍の上で眠りつづけるのか、長野さんたちのライブはそんな重い空気をゆっくりと持ち上げるように始まりました。
 実際、今回のロシアのウクライナ侵攻から湧き上がる「武力・核の抑止力」を声高に主張するひとたちが、「武力のない平和」を甘い夢想と吐き捨てることに、わたしは強い違和感を覚えます。もし「武力を持たない平和」が夢物語とするなら、「武力による平和」こそがかつてどれだけのいのちを奪い、傷つけ、憎しみと悲しみをもたらしたのかという歴史の現実にしっぺ返しされることでしょう。

 思えばワシントン行進からビートルズと、政治的にも音楽的にも若者のムーブメントが世界を席巻したあの頃、わたしは高校を卒業して友人と共同生活をはじめたものの、就職した会社を半年でやめてしまいました。夢と希望と不安をないまぜにし、ボブ・ディランの「時代は変わる」と森進一の「命かれても」に心を引き裂かれたあの頃、路上に出れば    70年安保のデモ行進が街を塗り替え、同じ世代の若者が彼方の「自由」へと石を投げ続けていました。
 あの時に巷から聴こえてきたフォークソングはただ単に同時代の若者たちの青春の証だけではなく、未成熟で多感なわたしの心の重い扉をこじあけ、真っ白な光に包まれた何の根拠もない「明日」の荒野へと一歩踏み出す勇気を与えてくれたのでした。
 あれから半世紀をすぎた今、時代はまたフォークソングを必要としているのだと思います。芸能人の不倫騒動やおぞましい戦争ゲームの解説に明け暮れるマスコミ報道の陰で、「死にたい」とSNSに書き込む匿名の叫び、繰り返される理不尽な事件…、全国に点在する無数の孤独な心が「わたしは何者か?」と思いまどう時、歌は時代の予言者としてわたしたちの心の奥深くに忘れられた荒野に舞い降りることでしょう。
 どんな武力でも倒せない歌の魔力に恐怖する時の権力者は、歌を自らの権力に取り込もうとしてきました。しかしながら、歌はまた、いつの時代も人々の閉じられた心の扉を開き、歴史の教科書には記述されない「もうひとつの歴史」を語り伝え、わたしたちをはげましてくれたのでした。

プロテストソングは愛の歌

明日も陽は昇り 新たな時を刻む
変わらない私と 生まれ変わる私
東の窓を開けたなら
光の中へ 飛び立とう
長野たかし作詞・作曲「REBORN-再生」

 今回のライブでも歌われた「REBORN 再生」に込められた長野さんたちの想いの深さは、コロナとウクライナ戦争によりもう前には戻れない、やり直せないところに来てしまった世界へのメッセージとなる一方で、新しい世界のありようを探す旅をはじめるわたしたちの応援歌でもあることでしょう。
 長野たかしさん、あやこさんの歌を聴きながら、マスコミの扇情的な情報の洪水と同調圧力に振り回されず、この社会の暗闇を見抜くことの大切をあらためて強く思いました。そして、コロナ前に戻れると信じることやロシアの侵攻で、世界と日本がますます成長飢餓と暴力信望に暴走することを拒み、国家が二度と侵略と虐殺を繰り返さないために憲法9条が万感の思いで生まれたことを忘れてはいけないと思いました。
 ますます色濃く閉そく感に押しつぶされそうになる身の回りから空を見上げれば、わたしたちの歴史の失敗を学び、世界を変えようと走り始める若者たちが世界中にいることを実感します。一瞬の瞬きの間に世界が変わることもまた、人間の長い歴史は教えてくれます。

 ライブの最後はサービス精神がいっぱいのお二人らしく、五つの赤い風船時代の名曲「遠い世界に」をお客さんと大合唱しました。
 かつて映画監督の大林宣彦が「映画は風化しないジャーナリズム」と名言を言いましたが、「音楽もまた風化しない希望の物語」であることを実感したライブでした。

長野たかし作詞・作曲「REBORN-再生」

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