能勢の地の頼りになるグループ・能勢農場の餅つき大会

 12月19日、能勢農場の餅つき大会に参加しました。
以前にも書きましたが、1982年に設立された豊能障害者労働センターを通じて、わたしは能勢農場と産直グループと出会いました。能勢農場は数年前から活動していたもののどちらも活動の黎明期で、彼女彼らもわたしたちもともに30代ぐらいの若さで、現実の貧乏と社会とのあつれきを抱えながらも勢いだけで突っ走っていた頃でした。
 その頃、能勢農場も一部の誹謗中傷に苦しめられていましたが、豊能障害者労働センターも行政や既成の障害者団体などから青い芝の会や全障連の流れをくむ過激な集団で、親や家族、施設を否定する怖い集団と言われていました。
 まだ、箕面にも市民の活動がはじまったばかりでしたので、箕面・池田産直センターとつながりながら、ともに地域を耕してきた同志のようにも思っていました。
 「あれから40年」という口上ではありませんが、能勢でのご隠居生活をするはずが、思わぬきっかけで「憲法カフェ・のせ」から「ピースマーケット・のせ」の活動に参加し、いつのまにか仲間の難波希美子さんの町議会選挙の運動に参加することになりました。
 そのすべてのプロセスで能勢農場の人たちとまた関わりを持つことになりました。特に難波さんという逸材を押し上げて、能勢農場・産直グループの若いひとたちが自分たちの選挙としてかかわってくれて、彼女を町議会に送りこめたことがとてもうれしいことでした。
 当日の餅つき大会は、高齢で不器用なわたしは何の手伝いもできませんでしたが、能勢農場の若い人たちの率直で凛々しく純情で屈託のない笑顔を見ていると、新型コロナ感染症の影響や政治的な状況の中、とてもじゃないが明るいと言えない未来もそれほど捨てたものでもなく、小さなろうそくの火かもしれないけれど、わたしの心にもほのぼのとした温かいものが灯ったような気がします。

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