今年はじめての妙見山

今日は妻と妙見山に行ってきました。いつもならばハイキングコースを登るところなんですが、今年はじめてということで初詣がわりにと能勢電の妙見口からケーブル乗り場まで歩き、1月9日までの特別運転中のケーブルに乗りました。(3月16日まで運休です。)
そこからリフトに乗るところを、頂上までは歩いて登りました。
このあたりは一昨日に少しまとまった雪が降り、その雪がずっと溶けないままで、わたしの家の周りも夕方まで雪が残っていました。妙見山のあたりはさすがにもっと降っていたのでしょう、頂上へと登る道は雪で覆われている所が多くありました。
雪を踏み踏み歩いていると、木の枝に残った雪のかたまりがいたるところにあり、そこからひっきりなしに小さな雪の粒が光りながら落ちてきます。それはほんとうにきれいで、まるで光の粉のようにちりちり、ちりちりと舞いおちるのでした。
そして、その音をかき消すように、雪の固まりが落ちる音が聴こえます。ところがその音はどさっというような大きな音ではなく、まだとけはじめたところのみぞれのようで、焚火の木がはじけるような、びしっ、びしっという音なのです。

雪道を歩いたのもほんとうにひさしぶりですが、そういえば子どもの頃はたびたび大雪が降って、軒先にはつららが何本も朝の光に輝く中を学校に通ったものでした。
長い時がすぎ、いまこうして冬の雪道を歩いていると、自分がたどってきた人生をもう一度訪ねて歩くようで、少しばかり感傷的になります。人生を語るにはまだまだ青臭いとは思いつつ、やってきたことや多少とも成し遂げたと思いこんでいることよりも、できなかったこと、出会わなかった友、実現できなかった見果てぬ夢を誰かに無性に話してみたくなるのです。老いの入り口に立ち止まり、これからはゆっくりと歩きながら、いままで聴こえなかった音たち、いままで見えなかったものたちと仲良くなっていこうと思いました。
とかなんとかいいながら、お宮参りというより頂上の売店できつねうどんとおでんを友にしてビールを妻と二人で飲み、下に降りてからはぜんざいを食べるという、およそ風情というものとは程遠い今年の初詣でした。

自宅の庭から・1月4日の午後になって雪が降り、またたく間に雪景色になりました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です