島津亜矢が美空ひばりから受け取るバトンは、重く暗く悲しく孤独なバトン

5月28日のNHK「うたコン」に出演した島津亜矢は、今年が美空ひばり没後30年ということで、美空ひばりとの異色のコラボで「愛燦燦」を歌いました。大きな映像に映し出された美空ひばりが歌うパートでハーモニーをつけるという、いままでにない試みでした。「うたコン」の制作チームは島津亜矢に思いがけない音楽的冒険を強いるようで、島津亜矢もまたそれに充分に応えるパフォーマンスで、新しいアレンジで歌いました。これこそ、彼女がポップスの領域の番組で学んだものだと思います。そして何よりも、島津亜矢は「愛燦燦」をとても丁寧に歌っていて、美空ひばりからこの歌をつくった小椋佳の歌心まで届く熱唱でした。
その前に放送されたNHK-BS放送「新BS日本のうた」では城南海とのスペシャルステージで「ひばりの佐渡情話」と「芸道一代」を歌いました。
美空ひばりの死後、どの演歌歌手もこの不世出の天才歌手をリスペクトし、毎年の記念番組や音楽番組での記念コーナーで美空ひばりの歌を競うように歌ってきました。
没後30年の今年、レコード、CD、テープなど複数メディアの売り上げ総数が1億1700万枚に達し、彼女の死後も2000万枚売り上げたといいます。息子の加藤和也氏のプロデューサーとしての手腕によるところもあると思いますが、一方で彼女の死後、「演歌の女王」として、演歌の枠の中に美空ひばりを押し込めてきたとも言えます。
1970年代に始まり、時代を切り開いてきた「現代演歌」が全盛期を経て、音楽が時代の鏡の役割を果たせなくなる過程で音楽のメインストリームからはじきだされてからすでに50年がすぎました。今や音楽シーンの5パーセントにも満たない小さな世界でうごめく演歌歌手にとって、拠り所になったのが美空ひばりでした。この国民的歌手を演歌の世界に閉じ込め、彼女に依存することで持ちこたえてきたのが正直なところでしょう。
そんないびつな世界から歌手人生を始めた島津亜矢は、演歌を出自とするがゆえになかなか日の目を見ず、また先輩の歌い手さんたちには正直彼女の存在は脅威だったことも確かなことでしょう。その中で北島三郎や天童よしみなど、ごく限られた信頼できる先輩たちの温かい見守りと励ましを頼りに、ほんとうに地道な活動を続けてきたと思います。
いつもこの時期にテレビでは記念番組が組まれ、この時とばかりにベテランの演歌歌手が「乱れ髪」、「川の流れのように」、「愛燦燦」など、美空ひばりの演歌の名曲を競うように歌う一方で、島津亜矢は「柔」などの男歌を歌ってきました。
しかしながら、没後30年の今年、時代の変わり目でしょうか、美空ひばりからの呪縛から離れたというか切り離されたというべきか、そんな現象も少し影が薄くなりつつあると思います。30年と言う時間は、やはり一人のひとの記憶を想い続けるにはぎりぎりの長さではあります。
しかしながら、わたしは反対に、やっと演歌の呪縛から解き放たれ、おおきく戦後の歌謡史のみならず、戦後の日本社会の光と影をすべて歌に呑み込んだ最初で最後の国民的歌手・美空ひばりの真価が歴史の中で問われ、検証される時がやって来たのだと思っています。そしてビリー・ホリデイやエディット・ピアフたちとともに世界の歌姫としてその存在がますます大きなものになっていくことでしょう。
そう思うと、先日の「うたコン」といい、BS放送で島津亜矢が「美空ひばりを歌い継ぐ」といったのは、今まで演歌歌手が口をそろえて言ってきたこととは違う意味があると私は思うのです。以前、わたしはこのブログで次のように書いたことがあります。

わたしは島津亜矢が美空ひばりから受け取ったバトンは、大げさに言えば人間が歌うことを発明して以来、口から口へ、心から心へと伝えてきたたましいのリレーそのもののバトンであり、決して歌唱力とか天賦の才能とかで語られるようなものではないと思っています。島津亜矢の他に彼女よりはるかに才能に恵まれた歌い手さんはたくさんいるかも知れないし、これからも現れるかもしれません。
しかしながら、数々のエピソードで語られる美空ひばりの歌への情熱、歌うことへの執念、歌に呪われ、歌に囚われ、歌に翻弄され、そして歌に愛された彼女の人生は、わたしの個人的な主張であることを承知の上で、島津亜矢にこそ引き継がれるものであると信じているのです。(2017年1月7日の記事)

島津亜矢が美空ひばりから受け取るバトンは、もっと重く暗く悲しく孤独なバトンだとわたしは思います。それは「美空ひばりで完成してしまった歌謡曲」ではなく、美空ひばり自身が「完成した歌謡曲」からいつも脱出することを求め続けた新しい歌謡曲というバトンなのです。いつの時代も激動の嵐に巻き込まれ、いのちをつなぐことに精一杯だったひとびとのそばにあった歌をいとおしく歌いつづけた美空ひばりのたましいこそが彼女の歌のバトンだとしたら、そんな重いバトンを受け止めることができる歌手が、島津亜矢以外にいるはずはないとわたしは思うのです。(2017年2月2日の記事)

この時はまたおぼろげながら思っていたのですが、今の島津亜矢はわたしの想像をはるかに越えて、今までとはちがう新しい荷物を背負ったように思います。
先の記事で書いたように、ひとつは消えてなくなりそうな演歌のもつエモーショナルな魅力を再構築し、けん引していくことで、年代的にも実力からも周りが求める「新しい演歌」を若い人たちとともにつくり出すことです。
現に数年前まではまだ遠慮がちにいたのが、最近の彼女からはある覚悟を持って彼女自身がミュージックシーンを引っ張っていこうとする姿勢が、オーラのように前面に出るようになりました。もちろん、彼女の人柄は決して「自分が自分が」としゃしゃり出る人ではなく、デビュー時と変わらない真摯で控えめなひとですが、それらのもろもろを押し切ってまで、時にはそれが誰かを思いもかけず傷つけたり、自分自身が傷つくことをおそれずに凛と前を向き、進んでいこうとする気迫を感じます。
そして、おそらくそんな彼女が最大にリスぺクトする美空ひばりにたいしても、遠慮せずにもっと近づき、美空ひばりが果たせなかった夢を背負う覚悟をもったことです。
人生の後半に音楽に対するあらゆる才能をすべて演歌というジャンルに閉じ込められてしまったブルース・シンガー・美空ひばりの歌のバトンを引き継ぐのが演歌の申し子といわれながら、大きな世界に出るために、その小さな枠の中で長い年月地道に自分を鍛え続けてきた島津亜矢であることはとても不思議で、神様がいるとすれば神様のいたずら以外の何ものでもないでしょう。
美空ひばりの「不死鳥」は彼女の体と心から離れても、時代を越えて島津亜矢に引き継がれたこと、美空ひばり没後30年という2019年は、後年その記憶を持った年として語られることになるでしょう。
続けて次回の記事は、BS放送での城南海とのスペシャルステージのことなどを書こうと思います。

島津亜矢 みだれ髪
ベテランの歌い手さんを差し置いて、この歌を島津亜矢が歌うと時がきたのですね。ほんとうに時代は変わったことを実感します。
彼女の歌唱ですが、若い頃の歌唱はとてもうまいのですが、やはり美空ひばりのエチュードとして最高だったのです。今の歌唱は、やっと美空ひばり歌の魂を受け継いだ上での、自分の歌唱になっています。ほんとうに美空ひばりの魂を受け継いだ証だとわたしは思うのです。

みだれ髪 美空ひばり YouTube 360p

島津亜矢が美空ひばりから受け取るバトンは、重く暗く悲しく孤独なバトン” に対して2件のコメントがあります。

  1. 加門由樹子 より:

    SECRET: 1
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    初めましてでしょうか?
    葬式等でお会いしてますでしょうか、
    どなたか分かりませんが突然コメント失礼します。

    タイトル通り、喜代和の娘です。
    父の日が近いなぁと、
    ふと、父を思い出し。
    なんとなく父の名前でGoogle検索したところ2018年4月のこちらのブログに行き当たりました。

    亡くなって長くたつのに、父の事を思い出し、ブログに書いて下さりありがとうございます。
    島津さんの曲、わたしは聞いたこと無いのですが、これを期に、聞いてみます。

  2. tunehiko より:

    SECRET: 1
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    加門由樹子様

    ご連絡ありがとうございます。
    わたしはお父様とは高校以来の親友で、つとめておられた会社にも
    同時に入社し、わたしは1987年、40歳の時に障害者の活動をはじめ
    それからも応援してもらったり、ご自宅にも行かせてもらいました。
    今でもお母さまとは年賀状の交換をさせていただいています。
    このブログは、お父様との別れがきっかけではじめたものです。
    島津亜矢さんを教えてもらったのも、回生病院に入院されたときに
    CDを届けようと聞いたところ、「島津亜矢を持ってきて」といわれ、
    それから島津亜矢を聴くようになったのでした。
    なくなられてすでに長い年月が経ちますが、わたしの人生にとって
    彼との出会いはとてもすばらしいものでした。
    これからも、なにかと彼のことが登場するのも、わたしの青春とそれ以後の
    人生を決定づけた人だからです。
    たしか、3人娘さんがおられたと思うのですが、一番下の娘さんでしょうか。
    ご立派になられたことと思います。
    まさか、娘さんからお手紙をいただくとは思いませんでした。
    これからもよろしくお願いします。

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