NHK「うたコン」 島津亜矢が井上芳雄と共演した「YAH YAH YAH」

ここしばらく、地域の活動に追われている間、島津亜矢のテレビ出演がつづきました。NHK「うたコン」で度肝を抜かれた「クイーン特集」以後も、NHK「いだてんコンサート」、NHK「うたコン」、そしてリニューアルしたBS朝日の「人生、歌がある」と、番組のコンセプトもちがい、要求されるジャンルもちがいましたが、それぞれにとても刺激的な歌唱を聴かせてくれました。
デビューからずっと、彼女には「変化球」というか、「こんな歌も歌えますよ」というバラエティー感覚のあざとさがまったくなく、番組が望むストライクゾーンのパフォーマンスを精いっぱいやりぬきながら、一方で自分のめざす音楽の道からは外れず、たゆまぬ努力を続けてきたことが、ここに来て一気に花開いたようです。
まずは4月2日のNHK「うたコン」では、オープニングで「ミュージカル界のプリンス」と呼ばれる井上芳雄と「YAH YAH YAH」を歌いました。
この歌はCHAGE and ASKAことチャゲアスが1993年に発表した曲で、1991年の「SAY YES」に続き、大ヒットしました。2014年に、ASKAこと飛鳥涼が覚せい剤取締法違反で逮捕され、残念なことにこの奇跡的なデュオが復活することは難しくなってしまいました。

必ず手に入れたいものは 誰にも知られたくない
百ある甘そうな話なら 一度は触れてみたいさ
勇気だ愛だと騒ぎ立てずに その気になればいい
掴んだ拳を使えずに 言葉を失くしてないかい
(YAH YAH YAH)

わたしは1979年の第17回ヤマハポプコンに出場した彼らが、デビュー曲となった「ひとり咲き」で入賞した時のテレビ番組を観ていました。その時の印象ではフォークやニューミュージック色で、時代背景から歌謡曲にも近い曲調でしたが、高校生の頃からの友人の二人はそこから自分たちの音楽を模索しました。
1990年代以降、洋楽の影響を受けたメロディーやリズムとテンポの速い都会的でスタイリッシュなJ-POP が台頭しはじめる中、泥臭さとメッセージ食の強い彼らの音楽に生きる勇気をもらった若者がたくさんいると思います。
この歌は大ヒットした割にはあまりカバーされていないように感じるのは、歌われる歌詞の裏側に切ない純情が隠れているため、友情から生み出される歌だからこそ彼らにしか歌えないところが確かにあったのではないでしょうか。

さて、今回の島津亜矢と井上芳雄のコラボはCHAGE and ASKAのこの歌への思いと切ない純情に迫ろうとした共演だったと思います。
島津亜矢はTBSの音楽番組「UTAGE!」でケミストリーの堂珍嘉邦、川畑要とコラボし、単なる演歌歌手の「道場破り」の域を超えたハーモニーを披露し、彼女のポップス歌唱を広く認知させました。さまざまな気苦労がある演歌のジャンルにはない自由さと対等感がポップスのジャンルにはあり、島津亜矢がボーカリストとして大きく進化するチャンスをくれました。と同時に、当然のことながら番組が島津亜矢に要求するものもますます大きくなっていくことでしょう。
今回共演した井上芳雄は東京芸術大学在学中の2000年に、ミュージカル「エリザベート」の皇太子ルドルフ役でデビュー、以降、数々のミュージカルや舞台に出演し、役者以外にも歌手活動も積極的に行っている実力派のミュージカル俳優です。
わたしはミュージカルが苦手で一度も観に行ったことがないのですが、井上芳雄はずいぶん前にNHKのドラマに出演していて、そのドラマでは陰りのある役どころで存在感があり気になっていたところ、後にミュージカル俳優と知りました。
ミュージカル俳優が音楽番組に出演すると、たしかに歌唱力はずば抜けているのですが、わたしの勝手な思い込みですが、名曲と言われるバラードをやや大げさで大時代的に歌唱するのを聴いていると、少しあざとらしさを感じてしまうことがあります。
井上芳雄にはそういう所をほとんど感じず、芝居で身に着けたはっきりとした言葉とどんなに激情を表現しても音程を外さないところと、何よりも甘いマスクと身のこなしがセクシーで魅力的です。
NHKの担当者は井上芳雄はともかく、島津亜矢に結構高いハードルを用意していたと思います。というもの、これまでよりもテンポの速い曲調で、歌の全編を井上芳雄が見事なハーモニーをつけていて、島津亜矢もプロとはいえ彼の歌唱にハーモニーを返すように歌いました。変な表現ですが、出入りの激しい掛け合いによってふたりの歌声が重なっては離れ、離れては重なり、さびの「YAH YAH YAH」へとお互いの気持ちを乗せていくのでした。もちろん、この絶妙なハーモニーが実現できたのは井上芳雄のリードによるものですが、そのリードに素直についていきながら、特に低音部分で音を外さず、声量を保ちながら一気に高音の歌唱に入る彼女に、井上芳雄も必ずや心を動かされたのではないでしょうか。
わたしはミュージカル女優では新妻聖子が好きなんですが、ふたりのミュージカルスターの共演のような、いい意味でのお約束の予定調和ではない、島津亜矢のボーカリストとしての底知れない才能が垣間見えた共演でした。
わたしはそれでも、島津亜矢のポップスの歌唱はまだ始まったばかりで未完成だと思っています。「クイーン」を島津亜矢流に歌って見せた才能は、彼女をもっと世界の音楽の源泉へといざなうに違いありません。
先日、加藤登紀子のコンサートに行きましたが、声が出なくなった75歳の加藤登紀子が絞りだすように歌う歌は、それでも輝きを保ち続ける努力と覚悟を感じさせました。
そして、エディット・ピアフの「愛の賛歌」他、加藤登紀子が長い人生で出会ってきた抵抗の歌、悲しみの歌、喜びの歌すべてが「挽歌」なのだと感じました。演歌の小さな枠組みでは表現できなくなった世界のひとびとの幾多の挽歌を、島津亜矢もまたこれから長い年月をかけて歌い継ぐことになるのでしょう。
今回の放送で歌ったもう一曲は彼女の新曲「凛」でした。この歌のこともふくめて、次回は「いだてんコンサート」で素晴らしい歌唱を披露した「帰ろかな」について書こうと思います。

YAH YAH YAH / CHAGE and ASKA

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