島津亜矢「人生劇場」・NHK歌謡コンサート

11月18日のNHK「歌謡コンサート」は古賀メロディーの特集でしたが、島津亜矢は「人生劇場」を歌いました。
以前のブログで書きましたが、わたしは古賀政男が戦争の足音が偲びより、時代が次第に暗闇を隠し持つようになってくる頃につくった「人生劇場」や「影を慕いて」は、稀代の作曲家の心の闇と葛藤がぎっしりつまっていて、とても切なくなります。
尾崎士郎作・小説「人生劇場」は吉良から上京し、早稲田大学に入学した青成瓢吉の青春とその後を描いた自伝的大河小説です。その中の、いわばサイドストーリーとして義理と人情と儚い愛を描いた任侠物語が戦前戦後のひとびとの心をとらえ、合計14本も映画化されました。それらの映画に出演した俳優は主役脇役にかかわらずかつての名優たちばかりで、忠臣蔵や次郎長シリーズ、長谷川伸の任侠物などとともに、まだテレビがなかった頃の映画黄金時代を彩る「あたり狂言」だったのでしょう。
また、明治維新以後、格差や階級が歴然とあったものの、一方で学問で身をたてるというか、貧乏な出自でも学問を身に着けることによって「立身出世」が可能とされ、苦学生とそれを援助する篤志家や旦那衆、実業家、そして侠客との物語が数多くの人々に受け入れられ、歌舞伎や新派、新国劇などでさかんに取り上げられた時代でもありました。
「人生劇場」の場合は新興芸術であった映画によって大衆化され、「やくざ映画」のルーツともいわれましたし、また三島由紀夫が山下耕作監督の「博奕打ち・総長賭博」とともに、1968年制作・内田吐夢監督の「飛車角と吉良常」に出演した鶴田浩二を絶賛したことでも有名です。
奇しくも今日、高倉健の訃報を知り、「飛車角と吉良常」の宮川役で、その時代の大先輩の名優・鶴田浩二と対等に渡り合い、かつての中村錦之介に匹敵する青さが残る若い男の色気を表現した高倉健を思い出しました。高倉健といえば、「幸せの黄色いハンカチ」以後の数々の名作で大スターになった人ですが、わたしは「飛車角と吉良常」の高倉健が実は一番好きです。「飛車角と吉良常」以降、高倉健主演の任侠映画が次々とヒットし、なぜかしら70年安保の学生運動家のカリスマ的な存在にもなったことも、今はなつかしい記憶です。
高倉健さんのご冥福をお祈りします。

さて、そんなことを思いながら島津亜矢の「人生劇場」を聴いていると、古賀政男や鶴田浩二や高倉健が、おそらく別々の道を進みながらも時代の暗闇を共有していたのではないか、そして、わたしもまた彼らの生きた時代と少しずつ重なりながら、やはりその暗闇を友としてきたようにも想うのです。
ほんとうに不思議な感覚なのですが、今回の番組にもたくさんの歌い手さんが登場し、それぞれの個性を発揮したすばらしい歌を聴かせてくれたのは事実ですが、島津亜矢の場合、わたしがファンであることを差し引いても歌の届く場所がちがうというか、とても長くて遠い道のりをくぐり抜けた果てにわたしの心に届くように感じるのです。
いわゆる「歌のための歌」ではない彼女の歌を聴いていると、わたしの生きてきた道のりとこれからの人生が心の銀幕に一気に映し出され、ある時は癒され、ある時は心ざわめき、ある時はいつの間にか涙があふれ、またある時は心を落ち着いて聴くことすらできなくなるほど、切なくも言葉にならず、胸の高鳴りを抑えることができなくなるのでした。
とくにここ数年の彼女の進化は目まぐるしく、つい最近にまた大きく歌が変わったように思います。わたしの独断と偏見で理屈をいえば、30年に及ぶ歌手人生を乗り越えてきた島津亜矢は、他の歌い手さんとは反対に長い時間をかけてこじんまりとした「個性」や演歌の常識と言われる歌唱法をなくしていき、ビブラートも手垢のついたコブシもなくしながら「新しい演歌」を探してきたのだと思います。
そして、最近の歌はいよいよ彼女独自のコブシと、ごくごく微妙に音をずらせ言葉の余韻を残すような歌唱に聴こえます。そして少なくとも4つのパートのある一人合唱曲を聴いているような錯覚をしてしまうのです。今回の放送でも、ますます顕著になってきた触覚的な低音と中低音、そして若い時には朗々と歌い上げていたマックスの高音と、少し控えめの中高音、それに裏声まで入れると5つの声が彼女の歌の解釈のもとで重なり、つながりながら、この歌にかくされている「時代の不安」を見事に歌い残しています。
ただし、これもまたわたしの勝手な解釈ですが、この歌唱はまだはじまったばかりで、今はまだ少しぎこちなく感じなくもないのですが、おそらく猛スピートで変化し続けることでしょう。「BS日本のうた8」からはじまったのかもしれない、新しい島津亜矢…。
まだその変化に充分についていけないのがもどかしくもありますが、彼女のことですから、きっと今までよりも一段ときらきら輝く歌の星座への旅をいざない、宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」のようにわたしたちファンとこれからファンになるひとびとを待っていてくれるにちがいないと確信しています。

島津亜矢「人生劇場」(2004年 BS日本のうた)

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