島津亜矢「海鳴りの詩」

7月28日、NHK歌謡コンサートに島津亜矢が出演し、「海鳴りの詩」を歌いました。実はわたしはこの日、つい最近友人の紹介で知り合ったヴィオラ奏者・吉田馨さんとヴァイオリン奏者・笠井有紀さんのデュオコンサートを聴きに神戸に行っていました。その時の模様はまた次の機会に書くとして、島津亜矢の「海鳴りの詩」は帰宅して録画しておいたビデオで観ました。
ちょうど昨年の今頃もNHK歌謡コンサートで「海鳴りの詩」を歌いましたが、数々のカバー曲の熱唱もさることながら、やはり彼女のオリジナル曲、しかもその中でも後世に残るべき名曲の中のひとつである「海鳴りの詩」を何かと影響力のあるこの番組で歌うことはとても意義のあることだと思います。
「海鳴りの詩」は1995年、彼女の10周年記念曲として発表された歌で、星野哲郎作詞、船村徹作曲による島津演歌の代表曲の一つです。「後世に残るべき」と書きましたが、実際のところ「後世に残る」とは断言できないところは正直あります。いくら歌が良くても、その歌が時代の底流に流れる人々の切ない心情と隠れた希望を見事にすくい上げる名曲であっても、メガヒットするかしないかはまた別の問題で、誤解を恐れずに言えば、島津亜矢が属していることになっている「演歌」のジャンルの衰退と、それがゆえに少ない椅子の陣取り合戦のように見えるジャンル内の事情があります。メガヒットをねらうよりも島津亜矢という天才歌手の存在に全幅の信頼を寄せ、彼女の歌の冒険を邪魔せず、その冒険の荒野を用意し、さらにその冒険を一歩後から後押しする、そんなプロデュースが島津亜矢チームの真骨頂なのだと感じます。
一方で、今流行といわれる歌は必ずというほどテレビドラマやバラエティとのタイアップで、ドラマの場合は番宣で何度も宣伝されるのですが競争相手も多く、ドラマの場合は3ヶ月毎で変わりますから、コストをかけている割にはそれほどパフォーマンスがいいとは言えないのでないかと思います。
島津亜矢の場合は若くしてデビューし、まだ40代ですでに30年のキャリアを持ち、世間で華々しく芸能ネタになることはありませんが、星野哲郎の遺言通り地道に全国各地のホールで歌いつづけ、着実にファンや支援者を増やしてきました。近年その成果は大きく広がり、新しいファンをつかむといった好循環を生み出しています。その流れの中で、わたしも島津亜矢と出会い、ファンになる幸運を得ることができたのでした。
そう考えていくと、島津亜矢の場合はひとつの歌のヒットより島津亜矢という稀有の歌手の存在自体がじわりじわりと「ヒット」していく方が、彼女らしいのかも知れません。

自分がつくる歌(演歌)を「演歌」と言わず、遠くにありて歌う「遠歌」、人との出会いを歌う「縁歌」、人を励ます「援歌」と呼んだ巷の詩人・星野哲郎は大地や海や巷や路地で生きるひとびとの暮らしからふつふつとわいてくる言葉をつむぎ、同時代に生きるひとびとの切なくもやさしく、悲しくも希望に満ちた心情を歌に、世に送り出しました。その中でも海をテーマにした歌は星野哲郎の心のもっとも深いところからとめどなく湧き出る彼の人生そのものへの挽歌でもあり、永遠の憧れであった海への頌歌でもありました。
子どもの頃から船乗りになることが夢だった星野哲郎は高等商船学校を卒業し、いったんは夢を実現するもののわずか2年後、病気のために船を降りざるをえなくなりました。
長い闘病生活の中で詩を書き始め、やがて職業作詞家として人生を生きなおすことになります。
寺山修司は「星野哲郎こそ最も重要な戦後詩人のひとりだと考えるのである。しかも、彼は活字を捨てて他人の肉体をメディアに選んだのだ」と評していますが、書き言葉ではなく、メロディに乗せた話し言葉、詠み言葉がひとびとの心のひだにしみこむ星野哲郎の歌の中でも海を歌った歌は格別の心情が込められています。
ある時は傷ついた心を優しく抱きとめる故郷として、ある時は日々の暮らしを生き抜くための漁師のたたかいの場として、またある時は愛し合うふたりを引き裂く別れの場として、地球のすべてのいきものたちが誕生し、死して帰る母なる海は人間の歴史よりもはるかに遠く地球を守り、育ててきたのでしょう。
北島三郎の「なみだ船」、鳥羽一郎の「兄弟船」など、星野哲郎の海の歌が多くの歌手の代表作となったのは、海に抱かれながら生きたいという夢を果たせなかった星野哲郎の並々ならぬ海への思いが込められていたからにちがいありません。
そして、星野哲郎は最後の愛弟子・島津亜矢に「海鳴りの詩」をはじめデビュー当時の「度胸船」、「道南夫婦船」、「波」、「海で一生終わりたかった」など海の歌を通じて、島津に「見果てぬ最後の夢」を託したのだとわたしは思います。
彼女の10周年記念曲は彼の歌作りの原点である海をテーマに渾身の言葉を吐き出し、盟友・船村徹に曲をつくってもらわなければと願ったのでしょう。それはまた、島津亜矢の長年の夢でもありました。こうして「海鳴りの詩」が生まれたのだとわたしは思います。
船村徹が島津亜矢についてどう思っているのか知る由もありませんが、星野哲郎が彼女に寄せる深い愛情とその才能への確かな信頼を受け止め、その思いに応えようとしたことはまちがいないでしょう。それは「五体に刻んだ赤銅色の シワが男の五線紙だ」と、唐突に「サビ」から入るドラマチックな歌作りに表れているのではないでしょうか。
沈黙を突き破り、感情をわっとほとばしらせた後、母親を早くに亡くした父と娘とのこれまでの長い日々をたどるように、「明るい娘に育てたことが 冥土のかあちゃんへ でかい土産だと」とつぶやくように歌う島津亜矢を、星野哲郎も船村徹もきっとやさしいまなざしで見守ってくれたにちがいありません。そして、彼女の稀有の才能に自分たちの切り開いた歌詠み道のさらなる彼方を予感したのではないでしょうか。わたしはそう確信します。
発表されてから20年、彼女が大切にしている一曲ですが今でもまったく色あせないこの名曲は、どこかで再度ブレイクすることがあるかも知れません。

島津亜矢「海鳴りの詩」
最近(2012年)の歌唱です。

島津亜矢「海鳴りの詩」” に対して2件のコメントがあります。

  1. kinokazu より:

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    亜矢姫の魅力が遺憾なく発揮できる素晴らしい曲だと思います。
    亜矢姫の曲は同じ曲を年代別に追ってみると、いろいろな発見があって楽しいです。
    2012年の歌唱は素晴らしいの一言です。
    「五体に刻んだ赤銅色の シワが男の五線紙だ~」の「だ~」の部分、以前は楽譜通り伸ばしていましたが、今は途中でぷつっと切ります。
    これが新鮮な感じで好きです。
    さらに説得力が増して曲の迫力も増しているような気がします。
    まさに亜矢姫の代表曲で、もっと歌っていいのではないかと思います。

  2. tunehiko より:

    SECRET: 0
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    kinokazu様
    つづけてのお便りありがとうございます。
    おっしゃるとおりで、歌手歴の長い彼女の音源は数多くのこされていて、記録は時には残酷なものですが彼女の場合はどの年代のものでもまたかなり体調が悪い時のものでも、けっして音程もリズムもはずさない、これぞプロだと思います。
    この歌もかなり歌いこんでいる歌ですが、この歌に限らず若い時はブレス(息)がきになるところもありましたが、最近はほとんどありませんし、歌に奥行きがあり、まだまだ進化するのではないでしょうか。

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