島津亜矢の「川の流れのように」は歌を必要とし、愛を求める心に届けられた。

新しい年が始まりました。若い時は「あけましておめでとう」と言われても何がめでたいんだとか、大みそかと元旦の違いは一日違いというだけだと、ひねくれた感じ方をよしとして来ました。しかしながら、今年70歳になろうとする今、ただただ一年をなんとか生きて新しい年を迎えられたというだけで「おめでたい」と思うようになりました。
青い時ははるか彼方に去り、若さという熱病の波打ち際に取り残された小さな石の記憶のように、いろいろあった出来事を思い返しながら時の荒野に立ち向かいたいと思う新年です。

昨年の紅白歌合戦に島津亜矢が出演し、美空ひばりの「川の流れのように」を歌いました。先の記事にも書きましたが、紅白全般のバラエティー化やJポップ隆盛に紛れ込んでほとんど話題になりませんでしたが、この選曲にはNHKの紅白チームの深い想いが隠されていたとわたしは思います。そして島津亜矢にとっても歌の巨人でありつづける美空ひばりを紅白で歌うことはデビューの時からの大きすぎる夢であったにちがいなく、押し寄せるプレッシャーとともに、彼女の歌手としてのいい意味での音楽的野心をかりたてたことでしょう。
そんな興奮と緊張のるつぼに包まれて、島津亜矢は紅白ではじめて採用された2階のステージに立ちました。ドームや野外ライブでは当たり前になっている前ステージでの歌唱は島津亜矢にとってははじめての経験ではなかったでしょうか。しかもこの時だけ司会の2人も2階ステージに上がり、そばに立って歌の前紹介と島津亜矢の意気込みを聴くという演出もありました。嫌が応にも緊張と期待がテレビ画面を越えて視聴者にも伝わってくる中、彼女は歌い始めました。
ここ数年で獲得したぞくっとする色気と肉感あふれる低音の導入部はすばらしいものでしたが、彼女がもっとも得意とする高音部のサビに入るとここ何年も見たことがない彼女の表情から、極度の緊張とたたかっていることがわかりました。
紅白の場合伴奏は別室で演奏されていて(場合によっては事前録音もあるようです)、それとステージ上のマイクとミックスしながらもっともパフォーマンスの高い音響を会場に流すPA(音響)技術を必要とします。
通常のコンサートのようにバックバンドが演奏する中で歌う場合は足元にモニタースピーカーを置き、伴奏と自分の歌を合わせた全体の聴こえ方がわかるようにしているのですが、ドームなどの大きな会場の場合は演奏者用のインイヤーモニター(イヤホーンのようなもの)を装着することが増えてきました。というのも、大きな会場では固定されたモニタースピーカーだと大きなステージを動き回れないことや、大音響の中でバックバンドの演奏と自分の声がミックスされた全体の聴こえ方やテンポの取り方など、細かな音響調節を直歌手の耳元でできることなどから最高のパフォーマンスをお客さんに届けられるため、今後はますます必須の道具となっていくことでしょう。
しかしながら歌手としては致命傷の難聴になる危険があること、両耳装着でなく片耳装着だと両耳のバランスがとれなくなる危険があること、インイヤーモニターを常用すると、生音で音を聴けなくなってしまうなどデメリットもあり、歌い手さんによっては使用しない人もいます。ちなみに島津亜矢は使用していませんでした。
今回、2階ステージにモニタースピーカーが設置されていたとは思うのですが(素人のわたしにはあまりよくわかりませんでした)、一階ステージよりも聴きづらくインイヤーモニターが欠かせなかったのかもしれません。わたしの勘違いかも知れませんが、どこか伴奏と歌とが微妙にちぐはぐに聴こえるところがあったのはそのせいなのかもしれません。
これからのライブの音響システムの流れからも、また島津亜矢がより大きな会場でライブをする場合など、インイヤーモニターを使用するかどうかを考えなければならなくなるでしょう。
島津亜矢が確信的にインイヤーモニターを使用しないのであれば、私の個人的な意見ですがそれは正しい選択のように思います。思えば人間は武器をもって戦うことを覚えただけでなく、歌を歌うことで分かり合い分かり合おうとし、平和に共存することを学んだのだとわたしは信じていて、歌はまず肉声で生音で歌われ、より遠くより多くのひとに届けるためにPA(音響)システムが発達したはずです。しかしながらハイテクといえるPAシステムの進化によって人間が本来持っている肉声や生音を壊してしまっては本末転倒だと思うからです。
その意味において、もし今回の歌唱が伴奏のないアカペラで歌ったなら、既成の「美空ひばり権威筋」からは猛烈な批判が殺到したでしょうが、それ以上の絶賛の声が寄せられたことでしょう。
実際、極度の緊張とPAシステムとの折り合いへの焦りがあったかもしれないのに、彼女の歌は会場を突き抜けダイレクトにわたしの心に突き刺さりました。今やたかだか音楽番組のひとつとなった紅白ではありますが、世界中に散在する超大型のテレビ画面や掌にすっぽり入る携帯ラジオから、島津亜矢の何物かに憑りつかれたように張り詰めた声が、それでいて時折入る木枯らしにかき消されるか細くいじらしい声が、どれだけの人々の心に歌のやさしさを届けたことでしょう。
わたしに島津亜矢を教えてくれたKさん、2009年の秋にあまりにも早く逝ってしまった親友のKさん、あなたも遠く離れたベトナムの地で衛星放送を通して島津亜矢の歌を聴いていたんですね…。目の前のいくつもの苦しい出来事を通り過ぎ、やらなければならない仕事を背負い、今はそれぞれ別々の道を歩いているけれどいつか一緒に事業しようと話してくれたKさん…。
「ああ川の流れのようにゆるやかに、いくつも時代が過ぎて」。
かつて美空ひばりの歌が戦後の日本から世界へと歌い継がれたように、今また時代の大きな変化によってわたしたち日本人が戸惑い、うろたえ、後悔し、切ない夢に身をこがし、共に生きるすべてのひとの希望を耕す勇気を持ち、青春の砂浜に忘れてきた友情を取り戻そうとする時、島津亜矢の「川の流れのように」は紅白という未来から見れば小さなステージの片隅から、歌を必要とし、愛を求める世界の人々の心に届けられたことを確信します。
それこそが美空ひばりの歌のバトン、命のバトンであったことを、わたしたちは何年か後に知ることになるでしょう。そして美空ひばりの歌を紅白で歌うことの意味を知りすぎてしまった島津亜矢の極度の緊張の意味も…。
そしてまた、はじめてつくった2階ステージという特別なステージで歌ってもらおうという企画も、相羽雅紀と有村架純の口から島津亜矢が美空ひばりを歌う意味を語らせた演出も、NHKの音楽番組制作担当者の中に島津亜矢を理解し、高く評価するひとたちの「粋なはからい」がもたらした心震わせるミスマッチとして、忘れられない出来事になることでしょう。
わたしは前回の島津亜矢の記事のタイトルを「後に島津亜矢が『川の流れのように』を歌った今年の紅白が時代を変えたと語り継がれることでしょう。」としました。
その考えを変える気持ちはまったくありません。それどころか、結果として今回、さまざまな事情が重なって島津亜矢のパフォーマンスが本来の高みにはなかったかもしれませんが、それでもなおたくさんの視聴者から絶賛の声が届けられた彼女の「川の流れのように」は、島津亜矢のオリジナリティが美空ひばりを再評価し、この歌の巨人を本来の姿にもどすきっかけになったとわたしは思うのです。

島津亜矢「川の流れのように」
若い時の歌唱で、今の島津亜矢は大きく進化しています。彼女は美空ひばりの歌唱を真似ようとしないのですが、どこかで美空火ひばりとデュエットしているのではないかと思うぐらい、美空ひばりの歌空間とリンクしているように感じます。

美空ひばり/川の流れのように【最後の映像】
美空ひばりの歌唱の最後の映像ということですが、このひとの歌唱はぴりぴりした心のひだまでなめらかにする魔法のようです。

島津亜矢の「川の流れのように」は歌を必要とし、愛を求める心に届けられた。” に対して3件のコメントがあります。

  1. 名無し より:

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    五木、冬美が亜矢さんが、
    トップになるのが面白くなく
    これ以上人気が、でないように
    皆を丸め込んで、足引っ張り
    NHK. ティチクも、亜矢さんに
    力が入っていません。

  2. S.N より:

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    tunehiko様
    あけましておめでとうございます。
    私も紅白で島津亜矢さんの「川の流れのように」を聞いてすごく感動しました。
    私は、音楽の事に詳しくないので、この記事を読ませていただいて、
    すごくよくわかりました。ありがとうございました。
    これからも楽しみにしていますのでよろしくお願いいたします。

  3. tunehiko より:

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    名無し様、S.N様、コメントありがとうございました。
    名無し様、芸能界の実情はわかりませんが、少し長い目で見ると亜矢さんは着実に進化し続けていくと思います。
    S.N様、いつも気にかけてくださり、ありがとうございます。
    実際のところ、わたしはそんなに音楽のことが詳しいわけではないので、恐縮です。
    今年もよろしくお願いします。

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