美空ひばりから渡された歌霊のバトンを受け取る宿命を背負う歌手・島津亜矢

紅白にかかわるマスコミ報道は欅坂46やRADWIMPS、市川由紀乃など初出場の歌手やグループが注目される一方で、なんといっても和田アキ子の不出場の波紋がマスコミ報道をにぎわせました。
わたしは個人的には歌手としての和田アキ子がきらいではありません。1968年に「星空の孤独」でデビューした時は、洋楽メジャーや日本のコアな領域ではなく、日本のお茶の間にリズム&ブルース(もどき?)が流れ、注目されました。
彼女の紅白連続出場への批判は他の演歌歌手と比べても言い過ぎだと思っていました。オーティス・レディングやレイ・チャールズへのリスペクトまでも「大物ぶっている」というネガティブなイメージに取られてしまうのは、彼女が「芸能界のご意見番」と言われるような歌手以外の活動があまりにも目立っているためで、最初はそれを面白いととらえられたものが、最近は悪いイメージにとられるようになってしまったのだと思います。Jポップのジャンルとはみなされず、演歌・歌謡曲のジャンルに押し込められてきたことも気の毒な気がしていて、コアな音楽ファンではないひとびとにリズム&ブルースを伝えてきた功績は大きいと思うのです。
ですから、今回の不出場にかかわるごたごたがすべて彼女に起因するととらえるのは間違いで、むしろ彼女自身もマスコミもわたしたちも紅白不出場を落選ととらえる風潮こそがもっとも変わらなければならないことなのだと思います。
その中で、島津亜矢については14年ぶりに出場した昨年ほどマスコミに取り上げられていません。わたしはその方がいいと思います。彼女のことが騒がれるのは当日の歌唱の後になることでしょう。
出場回数を重ねてきた演歌歌手が不出場になり、一方で若い歌手が出場する世代交代の中、島津亜矢の立ち位置は微妙です。ベテラン歌手の入り口に立たされたと見るなら今までならある程度連続出場が見込めたのですが、これからは演歌歌手であってもマンネリと批判される特別枠を避けることになるでしょう。彼女の歌唱力と歌に取り組む姿勢が生み出すパフォーマンスには一定以上の評価があるものの、来年はそれなりのヒット曲に恵まれないと出場は難しいかもしれません。
そんなことを思いめぐらすと、島津亜矢という稀代の歌手を知った時の初心を忘れ、いかにわたし自身が彼女の紅白出場にとらわれてしまっていることに気づきました。
今年はとりあえず紅白での歌唱を心待ちにしながらも、長い目で見れば紅白に出場不出場で一喜一憂しない、歌手としての王道をひたむきに走る島津亜矢の行方にわくわくしながらともに走り続けたいと思います。

わたしがお世話になっている掲示板サイト「亜矢姫倶楽部」では島津亜矢の紅白での歌唱曲と新曲の話題で盛り上がっています。わたしも時々投稿させていただいているのですが、紅白での歌唱曲はともかく、新曲についてはヒットを願う気持ちは誰しも同じです。
演歌からJポップにとどまらずリズム&ブルース、ソウル、シャンソンまで、島津亜矢のレンジの広さと歌唱の奥深さは、天賦の声量と声質を生かした歌唱力と歌の物語を読む才能と日々のたゆまぬ努力に支えられてきたのでしょうが、それがゆえにどんなジャンルのどんな歌でも圧倒的な表現力で歌ってしまうために、その才能を生かすプロデュースにとても苦労する歌手でもあります。くわえて演歌を出自とする島津亜矢の場合、一年に一度の新曲はどうしても演歌・歌謡曲のジャンルにはまる楽曲にせざるを得ない事情もあります。
しかしながら、音楽業界全体から見ればもっとも音楽と親しむ若い人たちはJポップの楽曲しか聴かないし、演歌・歌謡曲のジャンルはどんどん狭まり小さなパイを奪い合う現状では、ここでも個人事務所の営業力だけでは島津亜矢の新曲がヒットする可能性はかなり低いと思います。といって、たしかにわたしの持論である、たとえば桑田佳祐や中島みゆき、宇多田ヒカルに楽曲提供を依頼するというのは現実には無理なことだと思いますし、またそれが実現したとしてもその楽曲をヒットさせるにはいままでの対象ではなくJポップのジャンルに踏み込んでの宣伝やプロモートを必要で、チーム全体の力としては時期尚早と言わざるを得ないのではないでしょうか。
そう考えていくと、Jポップのソングライターとのタッグによる話題提供に頼らず、またど真ん中の演歌とは少しちがう本来の歌謡曲(今演歌の名曲と言われる1960年代までの歌。中山晋平など明治からつづく抒情歌)、聴く人の心のひだにしみ込むような楽曲を依頼し、歌うプロジェクトが今の島津亜矢にもっともふさわしいのではないかと思います。
目立ったヒットをねらわず、そのために紅白に出なくなってもよしとして、島津亜矢が歌うのにふさわしい「新しい歌謡曲」をめざして歌いつづけることが、案外彼女が大化けし、メガヒットといかないまでも演歌・歌謡曲ジャンルでのこじんまりとした広がりの少ないヒットではない、Jポップも含めたチャートに名を高めることになるのかもしれません。そうなればほっておいてもJポップのソングライターとのタッグも紅白出場も依頼される立場になって行くことでしょう。
そんなわけで、島津亜矢をもっとブレイクさせたいと思うわたしの持論は持論として心にとどめおくとして、島津亜矢の歌手としての心構えを第一に、もう一度わたしがなぜ島津亜矢を「時代を追い抜いてしまった歌手」と思い、時に思わず涙するほどの感動を覚えるのか、「歌路遥かに」、「思い出をありがとう」、「旅愁」、「度胸船」、「道南夫婦船」などのオリジナル楽曲や、「山河」、「函館山から」、「風雪ながれ旅」、「別れの一本杉」、「影を慕いて」、「船頭小唄」、「熱き心に」、「瞼の母」、「黄昏ビギン」など「時間と追憶の芸術」といえる歌謡曲に心ふるわせ、時代の悲しみと暗闇と切ない希望をいとおしくすくい上げるように歌い残す島津亜矢の底辺にある何か、わたしにはまだその正体がわからない、西洋のクラシック音楽が導入される前の日本にしかないブルースのような鼻歌のような田植え歌のような民謡のような何かが、地底を走り大海をわたり世界のひとびとの心とつながっていく様子を夢見てしまうわたし自身の私的歌謡曲人生をもう一度振り返ろうと思います。
わたしにとってファンである以上に特別な存在となった島津亜矢は、はっきり言えばすでに演歌歌手と言われる一群とは孤絶したディーバで、いつの時代にも前の時代から歌霊(うただま)、言霊(ことだま)のバトンを受け取る孤独な歌手の宿命を、島津亜矢は背負っているのだと思います。その宿命はとても過酷なものでもありますが、いま彼女しか背負えない、彼女だから背負える大きな宿命なのだと思います。
そして、そのバトンを渡した先人は誰なのか? それは美空ひばりそのひとです。

島津亜矢「函館山から」
若い時の歌唱とちがい、低音が加わり最近の歌唱の方がとくにこの歌にはぴったりだと思います。傷つけ、傷つくことしかできない「青い時」をくぐり抜けて、ひとはいつ自分がもう若くないことを知るのでしょうか。
美空ひばり「函館山から」
すこし古い画像ですが素晴らしい歌唱です。島津亜矢が美空ひばりの継承者であるとすれば、まだ追いつけない何かがあります。そのことがわかっているからこそ、バトンは島津亜矢しか受け取れないのです。
島津亜矢「風雪ながれ旅」
島津亜矢が歌うこの歌は叙事詩そのもので、ワールドミュージックとして誇れる日本の歌にしてくれます。
美空ひばり「風雪ながれ旅」
美空ひばりがカバー曲はオリジナルに劣らぬ歌唱で、コンサートなどで聴いたらますます彼女のとりこになったことでしょう。
好き嫌いがありますが、(かつてわたしはそこが好きではなかったのですが)美空ひばりはほんとうに今でいう「観客たらし」で、彼女はコンサートならお客さんひとりひとり、音楽番組なら視聴者ひとりひとりと言葉を交わすように歌います。それは歌を語るというレベルを越えた、まるでブルースやジャズのアドリブのような臨場感があります。

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