いよいよ新しい時代の入り口に立った島津亜矢と「BS新日本のうた」

島津亜矢の3日連続出演の2番目は3月19日放送のBSプレミアム「新・BS日本のうた」で、この日はスペシャルステージで、なんと島津亜矢にとっては2回目目の「演歌名人戦」でした。この企画は地上波のNHK総合「うたコン」の前身・「歌謡コンサート」の人気の企画でした。島津亜矢は2015年2月3日にこの企画で出演し、地上波ではじめて「I will Always Love you」を熱唱して話題を呼んだ他、昨年の10月9日のBSプレミアム「新・BS日本のうた」のスペシャルステージ・演歌名人戦に出演しました。
この時は、吉幾三、中村美律子、氷川きよし、島津亜矢が競演するという趣向でしたが、特に中村美津子と島津亜矢の「乱れ髪」は歌の心を知る二人ならではの熱唱で、中村美津子が島津亜矢の歌唱を絶賛されたのをよく覚えています。
あれからまだ日が経っていないにもかかわらず、この企画に出演することになったのは、やはりこの番組の制作チームが島津亜矢を高く評価している証といって間違いないでしょう。
彼女の20代後半から30代の頃の「BSの女王」と異名をとった時代に培われた信頼関係もあると思います。あの頃はBS放送がまだ普及しておらず、若手の実力歌手を求めていたニーズに島津亜矢がぴったりはまったのでしょう。地上波の番組のような波及効果がないことを逆手にとり、この番組チームは歌唱力も声量も抜群で勢いもあった島津亜矢に演歌・歌謡曲の名曲を次々と歌わせました。この頃の島津亜矢はまさに怖いもの知らずで、朗々と歌い上げる貴重な映像が残っています。島津亜矢のカバー曲の幅広いレパートリーと底なしの表現力はこの頃の番組スタッフの冒険によって培われ、番組で歌われた膨大な楽曲をレコーディングしたアルバム「BS日本のうた」も8シリーズを数えます。
しかしながら、BS放送が普及する一方、とくに90年代からのJポップの席巻により演歌・歌謡曲が退潮を極めるようになるにつれて、ベテランの歌い手さんが続々とBS放送に参入し、島津亜矢の音楽的冒険の独壇場だったこの番組への出演回数も次第に少なくなってきました。わたしが島津亜矢のファンになった2009年にはすでにその状況が加速されていたと記憶しています。
わたしの記憶違いか思い込みかも知れませんが、この頃は島津亜矢にとって、思いまどいながら新しい道に向かう準備の時期だったのかも知れません。というのも、若い頃のように有り余る声量とひとつの音程もはずさず、歌いあげる歌唱から、肉感的な低音を獲得し、「男歌」とか「女歌」とかにとらわれず、聴く者の心のひだにしみ込むように「歌い残す」歌唱へと進化する数年間であったと思います。既成の演歌の歌唱法のうなりやこぶしなどそぎ落とすだけそぎ落とし、よりシンプルに歌いながら西洋音楽の旋律に記された音と音の間に「日本の音」をよみがえらせる新しい演歌への模索、そのプロセスの中で彼女にとっての歌・大衆音楽は演歌の領域を一方では広げ、一方ではそれを越えた幅広いレンジのJポップやシャンソン、ジャズやブルースなど、世界のポップス音楽との出会いを用意したのでした。
あの頃は若い時の声量で歌ってほしいという声も聞こえてくることもあったようですし、実際、若い頃のリサイタルの映像やユーチューブの貴重な映像で残されている、恐れるもの何もなしというような圧倒的な歌唱がなつかしいと話されるファンの方々もいました。
ちょうどその時期から座長公演が始まり、それまでの名作歌謡劇場で極めた一人芝居に似た疑似演劇とは似て非なる本格的な芝居で、自分がすべて語り尽くすのとはちがい、たくさんの人たちと大きな物語を語り、つくりだす経験が、彼女の歌のスケールを大きくしました。また、座長公演の2部の歌謡ショーではそれぞれの演出家が島津亜矢の音楽的な可能性を広げ、さまざまな魅力を引き出そうと素晴らしいステージを構成・演出してくれました。それまでもポップスを数多く自分のレパートリーにしてきた彼女ですが、座長公演の歌謡ショーでより広く認知されたのではないでしょうか。ポップスの音楽評論家や音楽番組のパーソナリティから松山千春、マキタスポーツなど、影響力の高い論者やアーティストに高く評価されるようになったのもこのころからだと思います。残念ながら演歌・歌謡曲の論客では小西良太郎が高い評価をした以外にあまり記憶がありません。もっとも演歌のジャンルの退潮とともに演歌を論じ語る人もまた少なくなった事情もありますが…。

そしてここ数年、島津亜矢がまた大きく変わったと思います。その前の数年の準備期間を経て、いよいよ新しい演歌・新しい歌唱へと少しずつ表現力を身に着け、とても刺激的な歌手・ボーカリストに変身しようとしています。
いまだ途上ですが、たとえれば歌の荒野にただ一人立ち、荒野を走る風に耳を傾け、心をアナーキーな真綿の純白に浸し、何十年何百年何千年もの長い時の一瞬一瞬に生まれ消えていった何億という歌たちをいとおしくすくい上げる稀有の歌姫として、歌うことから逃れられない宿命を背負わされた者だけに降りてくる歌を、近い将来島津亜矢は歌い始めることになるでしょう。すでに歌がうまいとか、表現力が並外れているとか、声量のコントロールも音程も完璧だとか歌唱力で彼女を評価する時代は終わり、彼女の存在が歌の作り手にどれだけの想像力をかき立てるのか、作詞家は彼女の肉体を媒体にしてどんな風景と夢を描くのか、作曲家は彼女の心を媒体にしてどんな心情と希望を奏でるのかが問われるようになるでしょう。かつて美空ひばりが大衆音楽のミューズであったように…。
その流れのひとつとして島津亜矢がこの番組にたびたび出演する機会が増えているとしたら、巡り巡って一段とビッグになって帰ってきた島津亜矢が、この番組の音楽的冒険を実現する役割を担うことになるでしょう。
表情も豊かに、長年の肩の荷をおろしたようにリラックスしている彼女はとてもチャーミングになりました。ハリネズミのように緊張していた以前にくらべて歌にも心にも余裕があり、その安心感が共演者にも伝わって、彼女をいわゆる「いじる」ことも増えてきたように思います。
今回の記事では番組で歌われた「お吉」、「独楽」、「一本どっこの歌」について触れられないまますでに紙面が埋まってしまいました。私的な事情でなかなかブログが書けず、またそれに反比例するように島津亜矢の出演が立て続けにあり、とても追いつけない状態です。それでもあと少し、とくに「一本どっこの歌」については書こうと思っています。
また、3月26日の「昭和の歌人-船村徹」は、先ほど亡くなられた船村徹の追悼番組として制作されたものではないと聞きましたが、出演歌手も制作スタッフも、この偉大な作曲家への感謝の気持ちと心から追悼する想いにあふれた素晴らしい番組でした。島津亜矢をはじめ、他の共演者のこともふくめて書いてみたいと思っています。
そうこう思っている間に、本日4月2日のNHK・BSプレミアムの「BS新日本のうた」に早くも出演するとのことで、ますます記事が古くなってしまいますがおゆるしください。

島津亜矢「いっぽんどっこの唄」
この歌はわたしにとって思い出がいっぱいつまったもっうひとつの青春の歌です。できればこの歌の想いでなどを次回に書きたいと思います。

島津亜矢「お吉」
座長公演以前と後では、圧倒的にセリフの深みがちがうと思います。歌もまたいわゆる定型ではなく、お吉のはかなさ、くやしさ、そしてそれらすべてを人生の終わりに呑み込む「ゆるし」がセリフと一体となって聴く者の心を揺さぶります。

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