演歌・歌謡曲とJポップにまたがるボーカリスト。「SINGER4」

島津亜矢のアルバム「SINGER4」が発表されました。ポップスのカバーアルバムで「SINGER」(2010年)、「SINGER2」(2013年)、「SINGER3」(2015年)につづいて4作目になりました。
島津亜矢がかつてNHKのBS放送で演歌をはじめJポップの名曲を見事な歌唱力で歌い、「カバーの女王」という異名をとったことはすでに伝説になっていますが、それらの数々の名歌唱の内、主に演歌の楽曲を改めてレコーディングした果実が8作にもおよぶアルバム「BS日本のうた」シリーズです。
しかしながら、彼女のレンジの広さはポップス、ロック、ジャズからシャンソン、R&Bにまで及び、その幅広い音楽性を表現する場は音楽番組では数少なく、出自の演歌を中心に構成する彼女のコンサートにおいて、ドレス姿でポップスの何曲かを歌うのにとどまっていました。
演歌・歌謡曲においては20代後半にほぼ完ぺきな歌唱力を認められていた島津亜矢でしたが、ポップスも歌える歌手としても評価されるようになったのは、2000年に最初のアルバム「SINGER」を発表する前後からだと思います。
それまでは演歌歌手とは思えない本格的なポップスを独自の表現力で歌っていましたが、なかなかポップスの聴き手に届かなかったこともまた事実です。
島津亜矢はこのアルバムで、演歌とはちがってのびのびと歌を歌う喜びを感じていたと思います。というのも、演歌のジャンルでは毎年の勝負曲をシングルで発表し、アルバムはそれまでの代表曲を収録した全曲集でしかなく、ポップスのボーカリストやシンガー・ソングライターのオリジナルアルバムのようにテーマやコンセプトを持った音楽的冒険とは無縁です。
その意味では唯一、「悠々~阿久悠さんに褒められたくて~」は特筆もので、アルバムが先行し、そこから「恋慕海峡」と「一本釣り」がシングルカットされました。すでに亡くなっていたとはいえ、稀代の作詞家・阿久悠の遺稿から選ばれた10曲を8人の作曲が書き下ろしたこのアルバムには、制作にかかわったひとたちの熱い思いが込められています。島津亜矢はこの珠玉10曲を一曲ずつ違う表情で彩り、豊かに肉付けしました。
わたしはこのアルバムから、島津亜矢を演歌歌手にはあまり言わないボーカリストと呼ぶにふさわしいと思うようになりました。実際、このアルバムの一曲一曲はもとより、全体がひとつの組曲のように、悲しみや切なさや潔さがないまぜになった10人の女性の愛の物語がボーカリスト・島津亜矢によってよみがえり、語られるのでした。
わたしはこのアルバムが発表された2011年のレコード大賞がこのアルバムを認知できず、どんな賞も与えなかったことはとても残念で、その不明を恥じるべきと思っています。
それに対して「SINGER」シリーズは、ポップスのカバーアルバムではありますが、すでにそれぞれの時代の巷に流れ、わたしたちの記憶の底にまどろむ歌のかけらを掬い上げ、新しい物語として島津亜矢が語りなおし、歌いなおす「もうひとつのオリジナルアルバム」といっても過言ではありません。
それだけに、どの歌を選び、どの順番に歌うのかがとても重要で、どんな歌でも歌ってしまう天才・島津亜矢だからこそ「こんな歌も歌えます」という安易な選曲ではなく、厳しいプロデュースと歌唱力が問われるシリーズだと思います。
とはいえ、無数にある楽曲から十数曲を選ぶのですから、演歌歌手・島津亜矢が、ポップスを稀有の歌唱力で歌い上げるのにふさわしい、いわゆる「名曲」のカタログ主義が先行する選曲になっていたことも否めないと思います。
実はそれが、ポップスを発表する場が少ないことと合わせて、演歌の出自を離れたボーカリストとしての島津亜矢がなかなか認知されなかった理由でもあるのかなと思います。
もっとも、演歌歌手として30代にはすでに完成され、その後さらに熟成されたワインのように深く歌を詠む力と豊穣な表現力と、それを裏付けるテクニカルな歌唱力が認知されたのもごく最近のことではないかと思いますが…。
ともあれ、「SINGER」シリーズは島津亜矢の多彩な才能に心酔し、彼女の音楽的冒険を望むひとたちの願いを叶えてくれるもので、わたしもそのひとりでした。
1つのアルバムに15曲収録されていますので、今回の「SINGER4」で、すでに60曲のポップスのカバーを世に問うたことになります。
今回の「SINGER4」はプロデュース、歌唱ともとくに力の入ったものになっています。
一曲目から最後までの選曲は当初からがらりと変わり、没になったものも含めるとこの2倍近くの楽曲を歌い、そこからグレードを上げるために何曲も差し替えられ、この15曲になったようです。曲順、オリジナル歌手、発表年を記すとこのラインアップになります。
1.命の別名 中島みゆき 1998年
2.最後の雨 中西保志 1992年
3.じれったい 安全地帯 1987年
4.Honesty ビリー・ジョエル 1978年
5.難破船 加藤登紀子 1984年 中森明菜 1987年
6.落陽 吉田拓郎 1973年
7.YELL いきものがかり 2009年
8.はがゆい唇 高橋真梨子 1992年
9.恋人よ 五輪真弓 1980年
10.浅草キッド ビートたけし  1994年
11.サイレント・イブ 辛島美登里 1997年
12.見上げてごらん夜の星を 坂本九 1964年
13.魂のルフラン 高橋洋子 1997年
14.さよならの向こう側 山口百恵 1980年
15.Jupiter 平原綾香 2004年

選ばれた楽曲は1970年代から2000年代までの日本を代表するボーカリストのヒット曲で、島津亜矢はオリジナルの歌唱が強く印象に残る楽曲にあえて挑戦するように意欲的、刺激的に歌っています。
おそらく最近の島津亜矢の音楽シーンでの立ち位置から、本人もチームもこのアルバムがポップスのメインストリームに届けられる可能性を視野に入れて制作されているのではないかと思います。
全体的にはその意気込みがうまくいったと思いますが、少し力みすぎで彼女には珍しく歌を読み違えているのかなと思う楽曲もあるように思います。もちろん、その印象はわたしの個人的な好みの問題で、おおむねそれはそれで新しい解釈による優れた歌唱と受け止められると思いますが…。
ともかくも、このアルバムから伝わる島津亜矢の熱気は本物で、Jポップの分野に本気で足を踏み入れる覚悟が感じられ、演歌・歌謡曲とJポップにまたがるボーカリストとして広く認知されるきっかけになるアルバムだと確信します。
それぞれの楽曲については、次から書いていこうと思います。

島津亜矢「SINGER4」
視聴できます。

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