グローバリズムへの異議申し立て アメリカ大統領選挙

アメリカ大統領選挙にドナルド・トランプ氏が当選し、世界中に衝撃が走りました。移民排斥、人種差別発言など様々な「暴言」で共和党の中でさえトンデモないとされたトランプ氏が大方の予想をくつがえし勝利したことを、ほとんどのマスコミが驚きとともに報じました。そして後講釈で勝利の理由を分析し、日米同盟による安全保障やTPPの行方など日本への影響がどうなるのか、アメリカ第一主義を唱えるトランプ氏の政策によって第二次世界大戦以後、アメリカが自らを世界の警察とする国際的な役割と権益を見直すことになるのか、アメリカの一部退場で世界はどう変わるのか、日本に限らず世界中に不安が駆け巡っていると言っていいでしょう。
もちろん次期大統領と決まって以後、トランプ氏は選挙での極端な発言は差し控え、また始まったばかりの政権移行チームの政策方針も積み重ねてきたものをすべて廃棄することはないだろうと言われていますが…。
トランプ氏の勝因の最大の要因はミシガン、オハイオ、ペンシルベニア、ウィスコンシンの4州での勝利にあると言われています。ラストベルト(さび付いた工業地帯)と呼ばれるこの地域はかつて工業地帯として栄えていましたが、製造業者がメキシコやアメリカの他の地域へと工場を移転し、製造業が衰退してしまいました。北米自由貿易協定(NAFTA)を廃棄し、TPPからも脱退し、メキシコとの国境に壁をつくり、犯罪歴のある不法移民300万人を強制送還するなど、移民によって職を奪われたとする雇用を取り戻すといったトランプ氏の訴えは、失業者が多く、厳しい生活を送る労働者の心をとらえたと言われます。
2008年のリーマンショック後、失業率が増加し、中間層の人々の生活が苦しくなる一方、アメリカをはじめ各国は金融危機を回避するために多額の財政出動により救済しました。
2011年、貧困・格差の是正を求め、1パーセントの富裕層と99パーセントの「わたしたち」という分断に抗議する「ウォール街を占拠せよ」(オキュパイ)運動が全米各地に広がりました。それは世界中に広がる格差に抗議する世界各国の運動とも連動しました。
その後のアメリカ経済は回復し、失業率も低下してきたといわれますが、その成長の果実は金融資本とそれに携わる人々にしかもたらさず、富める者はさらに富み、貧しきものはさらに貧しくなる一方でした。貧困と格差の広がりはアメリカのみならずヨーロッパ諸国も日本も同時進行してきたと思います。そのたまりたまった怒りが一気に噴き出したのが今回の大統領選挙だったと言われています。
トランプ勝利が「隠れトランプ」や「サイレントマジョリティ」の勝利と言われるのにいきおいを得て、「勝者独り占め社会」への不満や怒りは移民排斥、人種差別、男女差別などヘイトクライムを誘発しています。それはポピュリストの誘導によってアメリカ第一主義とか保護主義とか白人による黒人やヒスパニックへの差別を「サイレントマジョリティ」が「本音」としてあからさまに表現できるようになった結果ではあります。
1パーセントに住む大富豪のトランプが何度も会社を倒産させるたびに従業員が犠牲になっていることなど、少し冷静に考えれば「トランプよ、お前の方がこわい」はずなのに、ひとはあまりにもかけ離れた格差には耳を貸さず、自分と同じ立場にいるか弱い立場にいるひとを「いけにえ」にすることで怒りを鎮めるようになるのでしょう。

結局のところ今回のアメリカ人の選択はTPP離脱に象徴されるように、グローバリズムからの脱却、見直し、抗議につきるのではないでしょうか。そして2011年の「ウォール街を占拠せよ」(オキュパイ)運動につづき、グローバリズムの権化であるとされるアメリカからNOを突きつけられたことは、グローバリゼーションが国境を越えた企業には恩恵があっても、世界各地で懸命に生きるひとびとには恩恵どころかより過酷な貧困しかもたらさないことを知らせてくれたのだと思います。
そう考えると、今回のことは対岸の火事などでは決してなく、今の日本社会そのものの現実でもあり、現政権が強引に進める「アベノミクス」やTPPの早期発効が将来の日本社会を取り返しのつかないところに追い詰めるのではないかと思えてなりません。
安倍政権に限らず、多くの政治家も起業家もそしてわたしたち庶民も、どうしても高度経済成長の華々しい時代を忘れられず、「成長神話」にとらわれているのではないかと思うのです。
資本主義はフロンティア(植民地をふくむ周辺)を開拓することで資本を増殖させてきました。そのために長い歴史の過程で資本は周辺を獲得するために国家に戦争を要求してきたといっても過言ではないでしょう。二度の世界大戦を経て、資本は「合法的」に利潤を上げるため安い労働力と資源、市場を求め世界を駆けめぐりました。その結果、南米もアジアもアフリカも開拓されつくして、もはや地球上にフロンティアは残されていない状態になってきています。
そこで資本主義は物づくりによる産業資本から金融資本に経済をシフトさせることで、延命を図りました。しかしながら金融資本は物づくりと違い、新たに価値を生み出すことも雇用の拡大も必要とせず、富の再配分をするに過ぎません。金融資本主義はマネーゲームと化し、いまや1000分の1秒単位で実体経済からかけ離れた巨大なお金が地球上をかけめぐり、富の奪い合いとバブルをくりかえしています。そして一部の資本が利益を上げ、バブル崩壊のツケとして、莫大な公的資金が投入されてきました。その果てにやって来るのは大多数の者のささやかな富が奪われ、1%の者に富が集中していく格差社会でした。
止まることを知らない資本主義が最終的にたどりつくグローバリズムは、国境を越えて利潤を求めることに行き詰ると、いよいよ自国民に低賃金、低福祉を押しつけ、自らの社会自体を食い尽くすようになったのが現在の姿だと思います。
ほんとうにいつからなのでしょうか、戦後、自由貿易立国として日本が奇跡と言われる成長をとげ、その恩恵はそれなりに大多数のひとびとの暮らしに行き届いた時代から、TPPのようにグローバル企業にとっては恩恵をもたらしても、大多数の人々にとっては恩恵どころかますます生活が苦しくなり、6人に1人の子どもが飢える時代になってしまったのは。
ほんとうにいつからなのでしょうか。トランプ氏が「日本を守ってやっているのだから防衛費をもっと出せ」と要求しているその「防衛」が誰のためにあるのか、国民を守ると言った時の国民とは誰なのか、その国民の中に果たしてわたしが入っているのかわからなくなってしまったのは。
ほんとうにいつからなのでしょうか。かつての成長を取り戻して(取り戻せるはずがないのですが)豊かになるのは誰なのかわからなくなってしまったのは。
それにしても今回のアメリカ大統領選挙は、サイレントマジョリティがいつも時の国家をささえてしまう閉塞的で硬直した日本社会にくらべて、よくもわるくもアメリカ社会は民主主義が機能していることを証明したのではないでしょうか。
そして、好まなくてもグローバリズムの「帝国」の一員にされてしまっているわたしたちはそこから抜け出せるのか。太平洋を越えて日本社会が突き付けられた宿題に、わたしたちはどう行動すればいいのかが問われているのだと思います。

グローバリズムへの異議申し立て アメリカ大統領選挙” に対して4件のコメントがあります。

  1. 蒼士 より:

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    こんにちは。
    トランプ大統領は、本当に驚きましたね。
    これからどうなるのか検討もつきません。
    世界が無茶苦茶にならなければよいのですが。
    それでは応援していきますね。

  2. tunehiko より:

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    蒼士様
    こんばんは。
    びっくりでしたね。人権問題や移民問題から言って許せない発言があって、その国の熱情のるつぼにいないわたしたちからはそれはあんまりと思えたのですが。
    けれども、世界を席巻してきた新自由主義もこれで終わりなのかなとも思います。

  3. 帖佐太郎 より:

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    私も、tunehiko様と同じ思いにとらわれる時があります。
    資本主義に未来はあるのかと。

    しかし、共産主義国家が次々と姿を消し、その根本的欠陥が明るみになったことも事実ですし、このような社会科学上の実験を約50年間続けている間、多くの犠牲者が出たことも事実です。
    やはり、人間は自分のため、自分の属するグループのために行動するという性があるのだと思います。
    競争、その結果としても利潤獲得への意欲。これはどうしても肯定せざるを得ないのではないでしょうか。今現在、不十分な仕組みは「分配」が、公平に、そして貧困者へも十分に行き渡らないことだと思います。
    生産された多くの物が売れ残っていることと死ぬか生きるか瀬戸際の人々がおられることが併存している事実がそれを物語っています。

    そうであれば、競争→淘汰→社会に必要と思われる組織が生き残る→その組織が利潤を得る  ここまでのプロセスは今のところ見直す余地は少ないのではないでしょうか。従って、やはり分配のところにメスを入れる必要があると思います。
    例えば、ある一定額(例えば100億円)以上の利益を得た企業があれば、その超過分は有無を言わさず没収する。そして、オランダ(未導入ですか?)のように、UBI(定額所得給付)制度を導入し、最低限の生活を出来るように保障する。これも社会保障の変形かも知れませんが。

    いずれにせよ、賢いやり方で政治、経済そして言論をも牛耳っている金融資本へ対抗できる仕組みを為政者が作っていかねばならないと思います。必要以上の金を独占している金融資本家にまず善人はいないと覚悟するしかないでしょう。
    そういえば、何故最近トマ・ピケティの名を聞かなくなってきたのでしょうか。あれほど騒がれていたのに!彼の主張が金持ちへの課税強化にあったことが物語っているのではないかと穿った見方もしております。元気で活躍していれば幸いですが。

    (追)
    本稿とは全然別の、美空ひばりと島津亜矢に関する論文も、大変待ち遠しく思ってます。美空ひばりさんという巨人を見ることで、迂回する天才島津亜矢の本質が明らかになってくることを期待しております。

    幾分、僭越な文章になったかも知れません。また、的を外した捉え方もあると思います。その点なにとぞお許し下さい。

  4. tunehiko より:

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    PASS: 04e60c26645b9de1ec72db091b68ec29
    帖佐太郎様
    いつもありがとうございます。亜矢姫倶楽部への投稿、いつも読ませていただいています。
    わたしは若い頃、社会主義国家が成長率で資本主義国家と競争する限り、いつかは滅びると思っていました。
    「成長することはいいこと」とする「近代」からまだ抜け出せず、成長しなくてもよい豊かな社会がどんな社会なのかがわからないというのが今の状態なんでしょう。わたしは理想と言われても地域経済、顔の見える経済によって、少しは貧乏だけれど少しは豊かであるような社会を望んでいます。
    美空ひばりについては今まで散発的に書いてきたのですが、わたしは島津亜矢から美空ひばりを再認識したこともあり、美空ひばりやJポップ、さらにはボブ・ディランまで、島津亜矢に関係ないと思われることまでまとめて連載しようと考えています。

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