島津亜矢・布施明「マイ・ウェイ」 NHK歌謡コンサート

11月24日、「NHK歌謡コンサート」ら島津亜矢が出演し、「別れても好きな人」を天童よしみと若手ユニット「はやぶさ」と、「マイ・ウェイ」を布施明とのデュエット(?)で歌いました。デュエット(?)と書いたのは、「別れても好きな人」はデュエットソングをバラエティ化したものでしたし、「マイ・ウェイ」はデュエットソングではないものを、いわゆるコラボレーションで歌ったもので、果してデュエットといえるかほんとうのところ戸惑いました。
番組のほぼ全体はデュエットを出場歌手2人でと言える構成で、最近の演歌・歌謡曲の音楽番組でやや目立ってきたバラエティ企画もので、それはそれで「お祭り気分」や「イベント気分」に浸ることができ、会場のお客さんも視聴者も楽しめますし、いくぶん出演する歌い手さんも演技かどうかは別にして楽しめる企画なのでしょう。
「別れても好きな人」の演出はほんらいわたしが島津亜矢に期待する島津亜矢の本道からはずれたものとは言えますが、それでも不器用ながら律儀にそれをこなす彼女はとてもかわいらしいと思いました。
というより以外にも、島津亜矢はムード演歌がとても得意なことがわかります。後半の「マイ・ウェイ」の歌唱とはちがい、かなりリラックスしていて流れるままに歌いこなしてしまうのです。ムード歌謡や盛り場歌謡は人生にくたびれかけている大人たちが高度経済成長の時代、家庭でもなく仕事場でもない束の間の人間関係を求めて徘徊する夜の街を舞台に、ありえない純愛を夢みる歌が多く、わたしは少し気恥ずかしく感じていました。島津亜矢はその「純愛」を歌える歌手になったのだと思います。良い悪いではなく、天童よしみが彼女なりの個性で歌い、「はやぶさ」がオリジナルのムード歌謡をなぞっているのにくらべ、島津亜矢は彼女の個性をとことんそぎ落とし、これ以上ナチュラルには歌えないような抑え気味の歌唱で、どんな色にも染まる女心(これもいまやありえないと思うのですが)を見事に歌ったと思います。

さて、問題の「マイ・ウェイ」ですが、布施明と島津亜矢がこの歌を歌い出すと、それまでのバラエティ色が立ち消え、異様な雰囲気になりました。
デュエット曲としてこの曲を選曲することがそもそもこの日の番組のコンセプトからはずれているとしか思えませんでした。また二人の歌唱もそれまでの「お祭り」の雰囲気ではなく真剣勝負といっていい競演で、お互いを認め合い、精いっぱいの歌唱力で自分の境界を越えて共振し共鳴する、まさにコラボレーションの化学反応によって歌の女神が降臨するのを目の当たりにした興奮と感動を呼び起こしました。
しかしながら、それを認めた上でさらに感想を言うと少し力が入っていたかなと思います。それは今回の編曲が関係していて、通常は2コーラスがあり、そこからサビにはいるところを2つに分けて、まず布施明が「今船出が近づくこのときに…」と1コーラスを歌い、一気に「私には愛する歌があるから…」とサビに入りました。
そして、島津亜矢が2コーラス目の「愛と涙とほほえみにあふれ…」と歌い、また一気にサビに入るという、無理やりデュエット曲に仕立てたことで、声を張るサビの部分ばかりが目立ってしまいました。この歌はもちろんサビの部分の声量と歌唱力の両方が伴わなければ歌うことができない歌なので、布施明はともかく島津亜矢はその両方を兼ね備えたいわゆる「実力派」の第一人者だからこそ歌えることは間違いないのです。
しかしながら、「歌えること」と「聴かせること」は別で、この歌の場合は朗々と歌うサビにいたる2コーラスで人生のすばらしさと悲しさをせつせつと歌ってこそ、「人生に後悔せず、これからも自分の生きて来た道を誇りをもって歩いていく」というサビの部分の潔さが聴く者の琴線に触れるのだと思います。
双方の歌唱を保障する苦肉の演出だったと思うのですが、布施明の場合は長年この歌とともに年を重ねてきたことで1コーラスだけでもそれなりに歌えるのですが、島津亜矢の場合は1コーラスで2コーラス分の人生を語るにはやはりまだ若いということでしょうか。いつものように「歌を読む力」で制御できず、少し力が入ったように感じました。また、そのためにサビの部分も声の張りが必要以上にあり、この歌の陰影を表現するところまでは届かなかったように思います。
ごめんなさい。今回は期待しすぎてわたしのわがまま水準が高くなってしまい、ネガティブな感想を書いてしまいました。ただ、何度も言いますが、これはデュエット曲にするために2コーラスをわけてしまった演出にあることは間違いないでしょう。
しかしながら、こんな演出をしたこの番組のチームはきっと、「マイ・ウェイ」を布施明と対等に歌える島津亜矢を地上波放送の視聴者に見せたかったにちがいなく、この番組の制作チームが島津亜矢を高く評価していることが伝わってきます。
このデュエットらしからぬコラボが実現したのは、2010年のNHKの「BS日本のうた」のスペシャルステージでの「マイ・ウェイ」の感動的な歌唱があったからだと思います。あの時のスペシャルステージでの二人の共演は大きな反響を呼び、島津亜矢ファンのみならずいまもたくさんのひとの記憶に残るすばらしいものでした。
あの時は最初島津亜矢が歌った後、布施明が歌い出すと島津亜矢が泣き出してしまい、放送を観ている時は感極まったのだろうと思っていたのですが、この放送の収録日の直前に島津亜矢の恩師だった星野哲郎が亡くなり、気持ちを抑えて島津亜矢がステージに立っていたことを知りました。そして彼女の心の内を思い計り、布施明はさりげなく黒のネクタイをしめ、星野哲郎への哀悼をあらわしながら、細やかな気配りをしていたことも知りました。
布施明はあの時、泣き出す彼女の顔をみつめ、「マイ・ウェイ」の歌詞そのままに、「だいじょうぶだよ、あなたはあなたの思う道を信じて進んでください」と心で言いながら歌ったのでしょう。また、島津亜矢もまた布施明をみつめながら、「ありがとうございます。これからも精いっぱい歌い、生きて行きます」と心で応えているようでした。そんな深い事情を抱えながら稀代の歌手・布施明と島津亜矢が歌えば、ひとりひとりの歌唱力だけではたどり着けない至上の歌がステージに降りてきても不思議ではなかったのでした。
今回の番組でこの2人が再度「マイ・ウェイ」を歌うことになったいきさつは番組内での「島津亜矢からの熱いリクエスト」だけではない、製作チームの強い意志が感じられるのです。そして、このチームの思いに応えようとふたりが並々ならぬ情熱をこの一瞬につぎ込んだことが伺えます。それは最後にサビを二人で歌った時、布施明が島津亜矢のメインボーカルを引き立てるようにハーモニーをつけたことからもジンジンと伝わってきました。一方、島津亜矢は5年前のステージで彼女を励ましてくれた布施明への感謝の気持ちを胸に歌ったことでしょう。
「私には愛する歌があるから 信じたこの道を私は行くだけ すべては心の決めたままに」

ポールアンカ「 マイ・ウェイ」
この歌はもともとはフランスのポップスが原曲で、ポールアンカが英詩をつくったもので、ちなみに原曲とは全く違う歌詞になっています。ポールアンカは当時、ポップスを歌うことに絶望していたフランク・シナトラのために英詩をつくり、シナトラに手渡したといいます。わたしはポールアンカが歌うこの歌が好きです。

布施明「マイ・ウエイ」(1996年)
布施明はわたしと同じ1947年生まれですから、この映像が1996年ですから49才で、今の島津亜矢よりも5才上ということになります。そう思うと島津亜矢もまたこれから年を重ねていくとこの歌はますます熟成していくことでしょう。
美空ひばり「マイ・ウェイ」
このひとはやはりすごい歌手です。最近またそう感じるようになりました。亡くなって26年になるのにいまだに大きな存在として君臨していることがどうなのかと思いますが、わたしは演歌歌手としての美空ひばりより、この歌をはじめポップス、ジャズ、ブルース歌手・美空ひばりに存在感の大きさを感じます。

島津亜矢・布施明「マイ・ウェイ」 NHK歌謡コンサート” に対して3件のコメントがあります。

  1. kinokazu より:

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    「マイウェイ」の分析、考察が深くて感心しました。
    同感です。亜矢さん、いつもより力んでいましたね。
    いろいろな歌手の「マイウェイ」、聴き比べると面白いですね。

    一箇所異議あります。
    「不器用ながら律儀にそれをこなす彼女」と書いていますが、私は亜矢さんは極めて器用だと思います。だからどんなことでも、軽々こなしてしまうのだと思います。
    「別れても好きな人」の場面、リズミカルで極めて自然な身のこなしだと思いました。
    それに引き換え天童さんの動きは、お歳を感じました。

  2. tunehiko より:

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    kinokazu様

    いつもありがとうございます。ご指摘のところはよくわかります。「不器用ながら」と書いたのは間違いでしたね。おっしゃるとおり、ああいう場面でもすんなりとこなしてしまう器用さがあるので、紅白でもそれを発揮してくれるのではないでしょうか。
    それよりも、今回の記事全体に反論のある方は多いと思っています。
    実際、あんなにグレードの高いコラボもふつうはないのですから、素直に「よかった」と思う感想で十分で、ついつい理屈が過ぎたなと反省しています。
    kinokazu様もブログをされているのですね。リンクさせてもらっていいですか?

  3. kinokazu より:

    SECRET: 0
    PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
    恥ずかしい内容ですが。
    貴殿が見ているとなると変なことは書けないと、プレッシャーです。

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