島津亜矢「SINGER3」

島津亜矢の「SINGER3」を聴きながらこの記事を書いています。
前作の「SINGER2」を初めて聴いた時の感動というよりはショックを今でもはっきりと覚えています。それまでも彼女は少しずつ演歌のジャンルにとらわれず、ポップスをはじめシャンソン、ジャズ、ブルースなどその折々に歌ってみたいと思う歌を自身のライブで歌いながら、ライブや音楽番組では歌い切れない歌をCDに収めてきました。
しかしながら、それらの曲を完璧に歌い切ってもなお、演歌とポップスという2つの道が並行していて、演歌が本道である以上、ポップスについてはどこかやはり「演歌歌手が歌うポップス」としかみなされていなかったように思うのです。
ところが、「SINGER2」では演歌歌手のポップスというレベルでは語れない音楽的な深さを持っていて、彼女の歌手としての活動になくてはならないものになりました。大げさかも知れませんが、島津亜矢が極めた演歌とポップスを融合した新しい「日本の歌謡曲」時代への先駆けとなるオリジナル曲が誕生する予感を感じました。

さて、今回のアルバム 「SINGER3」の収録曲を見ると、1970年代以降の歌謡史をつくった名曲が並び、幅広い選曲から島津亜矢の音楽的冒険のすそ野を広げるものになったと思います。
先日の記事で曲リストを紹介しましたが、このひとに限らず歌唱力のあるひと、しかも演歌歌手のポップスとなればどうしても絶唱型かバラードの名曲主義に陥る危険はあり、このシリーズの中でも選曲が気になるところもあります。
しかしながら、今回の彼女の歌唱は前2作からさらに進化していて、前回まではカバー曲の歌唱を究める到達点にはたどり着くものの、それぞれ声にも歌唱にも特徴のあるオリジナルの歌手への配慮からか、オリジナル色は巧妙に消しながらそれでも島津亜矢のオリジナリティはあえて封印する感がありました。
もちろん、いくら封印しようとしても島津亜矢という稀有の才能はあふれ出てしまうので、熱烈なファンの方が「オリジナルを越えている」と絶賛してしまうことになるのですが…。
今回のアルバムは封印してきたオリジナリティを解き放ち、カバーでありながらどの曲も島津亜矢のオリジナルになっています。そのことは、他の歌い手さんがいわゆる「自分らしく歌う」ことでオリジナルをこわしてしまい、その歌の大切なメッセージをなくしてしまう(というか、そんなことを考えていないと思うのですが)ことがあるように、彼女にもその危険がなかったわけではないでしょう。
しかしながら、「歌を歌う才能」だけではなく、「歌を読む才能」に恵まれた島津亜矢は、恩師の星野哲郎の教え通り律儀に歌を読み、律儀に歌を歌うことでその危険を遠ざけ、癖のない透きとおる高音と切なさを残す低音とあふれる声量を、若い頃よりまして自在にコントロールする歌唱で、ひとつひとつの歌を島津亜矢のオリジナルに変えてしまうのでした。
人間が歌を発明して以来現在までに世界中で生まれた何億という歌がひしめく歌の銀河がどこかにあり、そのひとつひとつどの歌も時代を越えてだれかに歌ってもらいたいと願っているのではないでしょうか。そして夜空をにじませるスターダストのように、歌たちもまたきらきら輝きながらその時を待ちつづけているのではないでしょうか。
わたしは、島津亜矢のカバーを聴くたびに島津亜矢とその歌との出会いがとても幸せなもので、ほんとうに島津亜矢に歌ってもらいたいとその時を待ち続ける無数の歌が今も夜空にひしめくすがたを思い浮かべてしまいます。クラシックやジャズやロックがひとつの曲を多くの演奏家が自分のオリジナリテイを吹き込んで自分の曲とするように、これからも島津亜矢は天賦の才をもってしまった宿命と不断の努力でさまざまな歌を次々と彼女のオリジナルとしていくことでしょう。
くしくも歌手生活30周年記念リサイタルと同時期に発表されたこのアルバムは、今までの歌唱からさらに一歩踏み込み、カバー曲とはもう言わせないオリジナル曲として「勝負」をかけたアルバムなのだと思います。選曲だけでなく15曲の並びにもその思いが隠れた大きな物語の15の楽章のようで、ひとりの女性としても、またその実力と比して決して恵まれたといえない歌手としても、島津亜矢そのひとの語りつくせない人生を感じさせます。
うまく書けないのですが、島津亜矢のここ数年の変化がそのまま果実となったこのアルバムは、ポップスのカバーのアルバムとしてだけでなく、島津亜矢の歌手人生においても大きな転機であったことを証明するものとして、後に評価されることでしょう。
これらの珠玉の歌唱がもっと多くのひとびとに届けられることを願わずにはいられません。近々の30周年記念リサイタルでこれらの曲のどれかが歌われることを望んでいます。
「SINGER3」の収録曲にはそれぞれ思うところも多く、後日に個別に書いて行こうと思います。また「SINGER3」の発売までに「SINGER2」と「BS日本の歌8」に収録されている曲について書ききれませんでした。とくに「命かれても」については森進一のこともふくめてどこかで書きたいと思っています。

島津亜矢「SINGER3」” に対して2件のコメントがあります。

  1. S.N より:

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    tunehiko 様
    いつも、いろいろな記事を楽しみに読ませていただいています。
    私も今夜、はじめて 「SINGER3」 を聞きました。
    部屋を少し暗くしてお酒を飲みながら、しみじみと聴かせていただきました。澄みきった綺麗な声に心がふるえました。いつも、曲のサビのところを待つのですが、島津亜矢さんの歌を聞いていると、自然体で歌われているので、その曲にサビがなかったとしてもいいと思うほどです。フェスティバルホールのリサイタルが待ち遠しいです。私も「亜矢姫俱楽部」のファンですので、続けていただいて本当によかったです。個人的な感想ばかり書いてすみません。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

  2. tunehiko より:

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    S.N様
    いつもありがとうございます。
    とてもいいアルバムですね。
    ただ、実のところをいうと、本文にも少し書きましたが、「名曲」ばかりで、島津亜矢さんの実力から言えば一般受けする無難な選曲で少し物足りない気もします。
    彼女はもっと踏み込んだ歌を歌えると思います。
    「瞼の母」を歌う歌心でポップス歌手がひっくり返る歌を歌ってほしいですね。欲張りなファンの注文で、実際はこれらの曲をプロデュースするのは大変なことだとは分かっているのですが…。

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